最近「老後破産」という言葉を頻繁に見聞きします。現在老後であるということは、高度成長期を順調に過ごしてきた世代で、次世代からは「年金等で優遇されすぎている」と言われ、政府からは何とかその豊富な預貯金を吐き出し社会に還元させようとされている世代です。その世代がなぜ「老後破綻」してしまうのでしょうか。

老後破産する要因

「老後破産」という言葉が使われるシチュエーションは、長く底辺に近い生活を続けた人がついに立ち行かなくなったような場合には使われないでしょう。それまで平穏なまずまずの暮らしをしてきた人が、思いがけず老後破産してしまうという意味合いで使われているのだと思います。それには破産に至る何かのきっかけがあるはずです。そのきっかけとはどのようなものがあるでしょうか。

「高齢になる」ということへの想像力の不足……老後は社会的ニーズも低下し、今までのような収入が得られない、かつ医療費等の出費がふえるという当たり前のことが、現役で働いている間はなかなかイメージできない点です。高度成長期に順風に過ごしてきた世代は、「働いてさえいれば何とかなる」と思いがちです。それなりの預貯金があっても、ゼロになるのはあっという間です。

思わぬけがや病気……年をとれば、誰もが体の不調を感じます。若い時は朝早くから病院にたむろする高齢者に冷ややかな目を送っていたのですが、実際にその年齢に近づくと、本当にいろいろ不具合が発生するものです。救急車で運ばれた先の病院が1日3万円の入院費が必要で、リハビリも含めて数100万円があっという間になくなった知人の例があります。

安易な起業……定年を迎えても再就職するのが一般的ですが、それまで社会の歯車として働いてきたので、第二の人生を今までやりたくてもやれなかったことをやりたいと思って起業するケースも少なくありません。しかし起業する人の中で成功する確率はそれほど高くはありません。しかも若い時と違ってやり直しも利かず、資金の再調達の難しい年代です。たくさんあった預貯金も、少しずつ事業につぎ込むうちにあっという間になくなったりします。

不安定な雇用形態で働く子供世代の経済的破綻……現在の高齢者はそれなりの貯蓄があっても、次世代は派遣やパートなどの不安定な雇用環境で働いているケースも多いでしょう。正社員と違って給与も少なく、保障もありません。雇用を失えば、あっという間に窮地に陥り、親元に戻って再チャレンジの機会を探すこともあると思います。しかしそうした世代が、その後安定した正社員になれる確率はさほど高くないでしょう。いつまでも親元にいれば、親世代の生活も不安定になります。

第二の人生への準備不足……世の中には貯蓄が苦手な人もいます。働いている間は普通の生活ができますが、当然ながら働けない、働いていても収入が少なくなる老後には十分な貯蓄がないと立ち行かないのは当然です。

一流企業のサラリーマンも安泰ではない老後の生活

ファイナンシャルプランニングを考える上で、基本中の基本といえるものに「ライフプランニングシート」があります。現在の年齢から、おおむね平均余命までの収入と支出と預貯金額の推移を推察し、今後の人生の中でのリスクの大きさやリスクの大きくなる年齢などを把握し、早くからの対策を立てられるようにするものです。

「ライフプランニングシート」(横軸は現在からの年数/このグラフでは6年後に住まいを購入したと想定、12年後に貯蓄残高がゼロになりその後回復しません)(C)佐藤章子

一部上場の大企業の若手社員の研修でライフプランニングシートを作らせると、ほとんど途中の年齢で預貯金額がマイナスになります。預貯金額がゼロになった段階で家計が破綻することになります。給与も高く、保障も多い一流企業の社員が、なぜ家計破綻するのでしょうか。原因は人の心理として、収入は控えめに支出を多めに入力してしまい、それが長い年月の間に少しずつ積もり積もって破綻に至ってしまうのです。

このことから分かるのは、破綻に至る現象は日常のちょっとした違いの積み重ねだということです。ちょっとした無駄が老後に大きな問題となって顕在化するのです。

思わぬ事態が起きたときの意識の転換が大切

以前大企業の部長職を勤めていた人が自己破産に至った記事を目にしました。給与も高く、それなりの地位もあり、子供2人は私立の名門校で学び、専業主婦の妻……と、客観的に見れば典型的な中流の上の暮らしで、サラリーマンとして成功した部類に入ります。

破綻のきっかけはバブル期に念願の戸建住宅を手に入れたことです。ローンは多額ですが、地位と給与からすれば、無理な借金額ではなかったはずです。しかしバブルがはじけて、給与が下がり、特にボーナスが激減しました。この時点で、生活水準を見直し、子供を公立の中学に転校させるなどの対処をしていれば、返済の継続は可能だったはずです。しかし、プライドがそれ許さず生活水準は維持し続けたために、貯蓄額がゼロになってしまいました。それでも追いつかず、退職金を返済に充てるために転職しましたが、結局はせっかくの住まいも手放して、自己破産に至ってしまいました。当然子供も公立に転校せざるを得ませんでした。

大切なことは事態を冷静に判断し、早くに対処する変わり身の速さです。それ以前に、多額のローンを考える前にライフプランニングシートによる自分自身のリスクの度合いを事前に把握しておくことなのです。特にモノがあふれた次代しか知らない若い世代は、いったん膨らんでしまった生活スタイルを変えるのは非常に難しい気がします。

定年後の起業はリスクの少ないものに

会社の歯車の一員として働いてきたサラリーマンにとって、一国一城の主は夢だと思います。しかし、老後の生活基盤はしっかり確保したうえで、それを脅かさない範囲で考えることが大切です。

・それだけで何とか生活できるだけの年金がある。
・ローンの無い持ち家があり、持ち家に抵当権を設定するような事業の借入をしない。
・病気になったときなどのための最低限の預貯金を確保できる。
・妻(夫)と共同の夢を実現する場合を除き、妻(夫)を巻き込まない。妻の固有の財産に手をつけない。

老後破産を考えていくと、やはり年金の位置づけが重要だと分かります。若い世代は年金に関して冷ややかですが、まさに将来をイメージする相続力が問われます。同時に日々の積み重ねが老後に一挙に顕在化する点を忘れてはなりません。

<著者プロフィール>

佐藤 章子

一級建築士・ファイナンシャルプランナー(CFP(R)・一級FP技能士)。建設会社や住宅メーカーで設計・商品開発・不動産活用などに従事。2001年に住まいと暮らしのコンサルタント事務所を開業。技術面・経済面双方から住まいづくりをアドバイス。

※画像は本文とは関係ありません