【レポート】

X線天文衛星「ひとみ」に何が起きたのか、ここまでの現状をまとめる

1 ひとみの姿勢制御の仕組み

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X線天文衛星「ひとみ」(ASTRO-H)が通信を途絶してから約1カ月が経過した。ひとみに何が起きたのか。通信できない状態が続いているため、衛星の状況を直接知ることはできないものの、直前までの通信データや、地上からの観測により、かなりの部分が分かりつつある。ここで改めて、ひとみの現状についてまとめてみたい。

X線天文衛星「ひとみ」(ASTRO-H)

これまでの解析により、ひとみにはまず姿勢に異常が発生したことが分かっている。今回の事故に深く関わっているのが衛星の姿勢制御系である。衛星はどうやって姿勢を制御しているのか、最初に解説しておこう。

ひとみの姿勢制御の仕組み

衛星の姿勢、つまり向きを制御しているのが姿勢制御系だ。何かを観測しているときには姿勢を維持する必要があるし、観測対象を変えるときには向きを動かす必要がある。また発電するためには太陽電池に光を当てなければならないし、通信するためにはアンテナを地上に向ける必要がある。姿勢制御系は、衛星の生死に関わる重要なシステムなのだ。

姿勢制御系は、現在の姿勢を調べるセンサー群と、姿勢を変える力を発生させるアクチュエータ群、そして制御するコンピュータから構成される。

ひとみに搭載された姿勢制御系の各コンポーネント(4月19日発表のJAXA資料より。以下、スライドはすべて同じ)

アクチュエータには、リアクションホイール(RW)、磁気トルカ(MTQ)、姿勢制御スラスタ(RCS)などの種類がある。ひとみにはこのすべてが搭載されている。

リアクションホイールは、内部に高速回転する円盤を持つ装置だ。衛星の姿勢が維持されているとき、円盤の回転数を上げてみると、衛星は逆方向に回転を始める。衛星とリアクションホイールとの間では、角運動量が保存されるからだ。目標の向きになったときに円盤の回転数を元に戻せば、衛星はそこで再び静止する。

リアクションホイール1個では1方向の回転しか制御できないため、3次元で任意の姿勢を取るためには最低3個のリアクションホイールが必要になる。通常は、冗長性を持たせた4個構成になっている場合が多く、この構成なら1個が故障しても問題無く運用を続けることができる。ひとみもこのタイプだ。

磁気トルカは、要は電磁石である。地球には磁場があって、周回衛星はこの磁場の中を飛行している。ここで電磁石をオンにすると、地球磁場と作用し、回転しようとする力(トルク)が発生する。方位磁石が南北を向くのと原理は同じだ。磁気トルカを3軸分用意し、電流の向きやオンオフをうまく制御すれば、必要なトルクを得ることができる。

RCSは小型のロケットエンジンである。スラスタの組み合わせ次第で、姿勢制御にも軌道制御にも利用できる。ひとみのRCSの燃料はヒドラジン。触媒で分解させてガス化し、ノズルから噴射することで推力を発生させる。ひとみでは、4方向×2系統=8基のスラスタが底部に搭載されている。

ひとみのスラスタ。底部の4カ所に搭載されている

衛星の姿勢制御は基本的にリアクションホイールで行うのだが、リアクションホイールを運用するときには、必ず「アンローディング」と呼ばれる作業が必要になる。

前述のように角運動量は保存されるから、衛星の回転速度が一定なのであれば、リアクションホイールの回転数も変わらないはずだ。ところが実際には、衛星にはさまざまな外乱(重力傾斜、大気抵抗、太陽輻射圧など)が働く。姿勢を維持するために外乱のトルクに対抗しようとすると、リアクションホイールの回転数はどんどん上昇する。

リアクションホイールの回転数には限界があるから、放置するといずれは限界に達してしまう。そうなる前に、回転数を落とす必要があり、その作業がアンローディングというわけだ。ひとみのような周回衛星は磁気トルカでアンローディングするが、地球を離れる探査機は磁気トルカが使えないため、RCSを利用する。

一方、センサーには、慣性基準装置(IRU)、スタートラッカ(STT)、太陽センサー(CSAS)などがある。ひとみにはこれらが2個ずつ搭載されており、主系に異常が発生したときには、冗長系に切り替えられるようになっている。このほか地球センサーというものもあるが、ひとみでは使われていない。

IRUはいわゆるジャイロだ。直接検出できるのは3軸分の角速度(deg/s)だが、角速度を積分することで、現在の姿勢(deg)が計算できる。ただし、時間が経つと誤差が累積して大きくなってしまうので、スタートラッカ等で補正しながら使う必要がある。

スタートラッカはカメラで視野内の恒星を撮影し、その位置関係から衛星の姿勢を計算する装置だ。恒星位置のデータベースとパターンマッチングすることで、高精度に姿勢を割り出すことができるが、視野に地球が入る時間帯(地蝕)は利用できない。ひとみのスタートラッカは望遠鏡の先端に取り付けられいる。

両サイドに出ている筒がスタートラッカ

太陽センサーは太陽の方角を検出する。広い視野を持つ粗太陽センサーと、高い精度の精太陽センサーがあるが、ひとみに搭載されているのは粗太陽センサーである。

何か不測の事態が起こった非常時に、衛星は太陽電池を太陽に向けたままゆっくり回転する「セーフホールドモード」に移行する。まず生存に必要な電力を最優先で確保して、地上からの指示を待つという戦略だ。ひとみの粗太陽センサーは、通常の姿勢制御では利用しないが、セーフホールドモードへの移行で使われる。

太陽センサーは、太陽電池側の面に搭載されている

なお、ひとみの座標軸は、望遠鏡の視線方向がZ軸、太陽電池側がY軸となる(残りのX軸はZ軸とY軸に直交する向き)。セーフホールドモードは、つまりY軸まわりに回転して、その回転軸を太陽に向けた状態だ。衛星の座標軸は説明の中で良く出てくるので、ぜひ覚えておいて欲しい。

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目次
(1) ひとみの姿勢制御の仕組み
(2) ひとみに何が起きたのか
(3) ひとみの現状と今後
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