アドビシステムはこのほど、テレビやCATVなどの放送事業者を対象としたマルチデバイス放送配信プラットフォーム「Adobe Primetime」を日本国内で本格展開すると発表した。Adobe Primetimeは日本のテレビ業界にあるどのような課題に挑み、そしてどのような変革を目指しているのか。発表会の内容を基にレポートする。

Adobe Primetimeについて説明するアドビシステムのジェレミー・ヘルファンド氏

動画コンテンツの配信と動画広告の配信管理を一元的に提供

Adobe Primetimeは、アドビのデジタルマーケティングプラットフォームである「Adobe Marketing Cloud」を構成する8つのコンポーネントのひとつとして位置付けられている。放送事業者は、Adobe Primetimeによってパソコン、スマートフォン、タブレット端末などに著作権管理(DRM)がなされた番組コンテンツや映画などの映像作品を配信することができ、ライブ配信、オンデマンド配信どちらにも対応。動画コーデック、配信形式、DRMの仕様を統一することでコストを削減し、またネット配信を行っているコンテンツへの広告挿入、管理をスムーズに行える点が大きな特長だという。Adobe Marketing Cloudを構成する他のソリューションと組み合わせることによって、視聴データの収集と解析、視聴データを基にした番組編成の最適化とパーソナライズ、動画広告のターゲティング配信なども可能だ。

同社では、日本での本格展開に併せて、マルチDRMに対応したHTML5版動画プレイヤーである「Adobe Primetime TVSDK for HTML5」、動画広告配信の計画、在庫予測、配信、効果測定をワンストップで提供する「Adobe Primetime TV Media Management」、動画コンテンツのレコメンドエンジン「Adobe Primetime Recommendations」といった新機能を追加。また、システムインテグレーションではカタリナと、配信基盤の開発・提供ではJストリームと、動画コンテンツや動画広告のオーディエンスデータの測定ではcomScore社と、動画広告配信のワークフロー開発ではサイバー・コミュニケーションズ及びVideology社とそれぞれ協業する。製品の開発・提供だけでなくパートナーシップを拡大し、ビジネスモデルの提案まで踏み込んだ形で日本の放送業界のネット利活用をサポートしていきたい考えだ。

既存の動画プラットフォームの中におけるAdobe Primetimeの位置づけ

日本国内におけるパートナーシップ戦略の狙い

デバイスによって分断された視聴者を集約し、放送事業者の収益性を高める

では、なぜこのような製品が必要とされるのか。背景にあるのは、世界的に広がる視聴者のライフスタイルの変化。なかでも、スマートフォン、タブレット端末の利用拡大による、ネット動画視聴の拡大と視聴者の分断。そして、その中で放送業界に求められる効果的なネット利活用の推進だ。

アドビシステムのAdobe Primetime担当バイスプレジデントであるジェレミー・ヘルファンド氏は発表会の中で、「現在は、自分の好きなデバイスを使って、自分の好きなコンテンツを視聴するというライフスタイルが当たり前になった。テレビが唯一のデバイスではなくなった。テレビは(デバイスではなく)コンテンツという意味となり、高速インターネットと多岐に渡るデバイスによって、いつでもどこでもコンテンツを視聴することができる。それによって、3500億ドル市場といわれるテレビの世界はグローバルで変革が加速している」と語ったうえで、その変化は日本においても進行していると指摘した。

ヘルファンド氏は、日本のテレビ業界を取り巻く環境について、OTT(オーバー・ザ・トップ:ネット動画配信などコンテンツを直接視聴者に届けるサービス)を含めてネット動画視聴の成長が著しく、中でもテレビ番組を含むプレミアム動画の消費が劇的に増加している点、スマートフォン、タブレット端末からの動画視聴がパソコンを上回るなど視聴デバイスが多様化と視聴者の分断が進んでいる点、HuluやNetflixといったOTT事業者の台頭など動画配信市場における競争が激化している点などを整理。その上で、放送事業者には効率的な事業収益化が急務であると提言した。

「新しいコンテンツの開発コストの最適化と複雑なエコシステムのサポートが求められる」(ヘルファンド氏)

日本のテレビ業界を取り巻く環境

その上で同社では、コンテンツ制作、配信、収益化といった動画配信をめぐる様々なフェーズにおいて一貫した製品を提供することで、コンテンツ制作・配信の効率化によるパーソナライズの推進、視聴者が分断している中で一貫したユーザー体験の提供、ワークフローの最適化によるコスト効率の向上といったメリットを提供できるという。

「これからのテレビは、デバイスの多様化による消費者の分断を解決して大規模なオーディエンスを早急に集約し、課金モデルの提供や広告価値の最大化による収益化を推進。最終的には増加するコンテンツを視聴者の興味関心に応じて配信するパーソナライズを実現していく。こうしたテレビ業界を取り巻く変革は、放送事業者にとっても、視聴者にとっても大きなオポチュニティだと言える。放送事業者がこの加速する変革に対応することができるよう、Adobeは変革によって生じる様々な課題を解決していきたい」(ヘルファンド氏)

これからのテレビは、パーソナライズされた体験へと変革していく

テレビ業界のビジネスモデルに変革がもたらされるか

Adobe Primetimeの特長を踏まえて期待したいのは、テレビ業界のデジタルシフトの更なる加速。特に、欧米ではすでに進んでいる本格的なインターネット同時放送(IPサイマル放送)の現実味だ。

これまで、日本のテレビ業界は放送番組をネット配信することには消極的で、ここ数年でやっと「TVer」に代表される“見逃し配信(期間限定のオンデマンド放送)”が拡大してきたところだ。Adobe Primetimeの特長である、異なるデバイスに視聴体験の一元的な提供と視聴者の集約、配信コンテンツの著作権管理、動画広告のターゲティング配信と効果測定といった特長を番組のライブ配信で活用すれば、テレビに匹敵する大規模な視聴者に向けて付加価値を高い広告モデルを構築することが可能になる。ともすれば、テレビ放送の広告収益に見劣りしない事業の柱を生み出すことができ、スマートデバイスの普及を背景に加速した“テレビ離れ”によって失った視聴者をネット上で再び獲得し、減少する広告収益を改善するチャンスが生まれるのではないだろうか。

4月14日から今も余震が続く熊本地震では、NHKをはじめ民放各社が緊急対応として報道番組のネット同時放送を行い、NHKでは過去最大の視聴者数を記録しているという。こうした緊急時においてテレビ視聴ができない環境における放送番組の視聴者動向は、クオリティと信頼性の高いテレビ番組コンテンツを時間や場所を問わずに視聴したいというネット同時放送そのものに対するニーズの高さを示唆している。Adobe Primetimeの普及は、こうしたニーズに応える新たなテレビ放送の形を生み出せるのか。今後の動向に注目したいところだ。