店名と同じくらい目立つ「特製シチュー」の文字。下町風情ただよう大阪・天満にある食堂「かね又」(大阪市北区)では、年中、この特製シチューが文字通り"看板メニュー"となっている。

大阪・天満にある「かね又」(大阪市北区)の特製シチュー

昭和から時が止まったような店内

大阪市営地下鉄「天神橋筋六丁目駅」付近の「天満」エリアには、大阪の下町風情漂う街並みが残る。同駅から約5分ほど歩いた場所に「かね又」がある。「特製シチュー」の文字が掲げられ、入り口にはレトロな雰囲気のロゴが白く染め抜かれた紺ののれんがさがっている。もう店の中に入る前から昭和の香りが漂っている。

「かね又」の店構えは昭和の香りただよう

戦前から戦後にかけては、チェーン展開のような形で「新世界」「千日前」「松島」「福島」などといった大阪の複数の繁華街に「かね又」があったそうだ。だが、現存するのはこの「天満」の店舗のみ。店の前には懐かしい雰囲気のメニュー表がかけてある。じっくり見たいところだが、今日は「シチュー定食」(800円)がターゲットなので、とにかく入店することに。

店頭にはメニューを書いた看板が

店内に入ると、昭和から時が止まったような雰囲気に驚く。席は、9席ほどの逆コの字型カウンターに、4人掛けのテーブルが1つ。客席とは別に設けられた入り口近くのカウンター部分には、小鉢や定食のメインメニューが所狭しと置かれている。さらに、カウンター席の上に掲げられたブルーのメニュー板もいい味を出している。

定食のメインや小鉢が置かれたカウンター

店内の定食メニュー表

カウンター席の上にもメニュー板が

透明な特製シチューは、優しさを感じる「昭和の味」

早速、お目当ての「シチュー定食」を注文。「シチュー定食」は、シチュー、小鉢2品、「玉子焼き」に漬物とご飯がセットになっている。

注文して程なく、大ぶりの鉢になみなみと入ったシチューが到着した。まず驚くのが、この特製シチューが「透明」だということ。予想していたビジュアルとのギャップに驚きながら早速スープを一口飲むと、やさしい塩味に玉ネギと肉のうまみが口いっぱいに広がる。

特製シチューは、豚肉と玉ネギ、ジャガイモの3つの具材から成るシンプルな一品

具材は、豚肉と玉ネギ、ジャガイモの3つだけ。この超シンプルな構成が、まろやかな塩加減ながらコクのある味わいを作り上げている。飲んでいるとなんだか落ち着く感じがする、そんな「静かなおいしさ」にあふれた一品だ。

もはや主役級の「玉子焼き」

シチューを堪能していると、もうひとつの名物とも言える焼きたての「玉子焼き」が到着。「シチュー定食」の「玉子焼き」は、必ず注文を受けてから焼き上げられた焼きたてのものが供される。ネギがたっぷり入り、外は固めで中はトロふわ。そんな主役にもなり得る「玉子焼き」が、シチューの脇をしっかりと固めている。

"脇役"の「玉子焼き」も絶品!

特製シチューを使ったメニューとして、「シチューうどん」(500円)もある。特製シチューにうどんが入ったシンプルなものだが、スープだけのシチューとはまた異なるおいしさがあるので、機会があればぜひ堪能してほしい。

織田作之助の小説にも登場

実はこの特製シチュー、『夫婦善哉』などを生み出した小説家・織田作之助の『アド・バルーン』に登場している。

「かね又という牛めし屋へ『芋ぬき』というシュチューを食べに行く。かね又は新世界にも千日前にも松島にも福島にもあったが、全部行きました。」(織田作之助『アド・バルーン』より引用)

大好物であるがゆえに、大阪なんばの「自由軒」(大阪市中央区)のカレーを自らの作品『夫婦善哉』に登場させたこともある織田作之助。彼自身がいかにこの特製シチューに魅了されていたかが垣間見えるエピソードだ。

大阪の変わらぬ下町の味わいを堪能できるシチュー定食。希代の作家をも虜にしたその味わいをぜひ楽しんでほしい。

●information
かね又
大阪府大阪市北区黒崎町12-15
営業時間: 9時~18時
定休日: 日曜日、祝日

※記事中の情報は2016年4月取材時のもの。価格は全て税込

筆者プロフィール: 中 直照(なか なおてる)

大阪出身のコピーライター。出版社や中堅ゼネコンなどを経てフリーライターとして独立。その後、2011年にショートカプチーノ設立。コピーライターとして経営者インタビューや企業広報誌、店舗取材など、幅広く執筆。ほかにもホームページ用コンテンツの企画や制作などにも携わっている。