桜が終わり、春のポカポカ陽気となる4月下旬から5月上旬ともなると、咲く花の種類も増え、鎌倉散策の楽しみも増える。今回は、藤やツツジなど春の花を愛でながら歩いて行こう。途中、ゆったりした時間の流れる中国茶専門の「茶館」に立ち寄り、最後はこの春オープンして話題になっている「鎌倉彫カフェ」でランチという1日もいいだろう。

英勝寺の境内で、白藤の藤棚がある風景を楽しむ

鎌倉唯一の尼寺で美しい白藤を愛でる

最初に向かうのは、英勝寺という鎌倉に唯一残る尼寺だ。地元で「裏駅」と呼ばれる鎌倉駅西口から歩きはじめ、「市役所前」交差点を右折する。それほど道幅が広くない通りをしばらく歩いて行くと、鎌倉五山第三位の寿福寺の門が見える。さらに歩を進めると、その先に英勝寺の乳白色の塀が続くのが見えてくる。

英勝寺は、江戸時代に徳川家康の側室のひとりであったお勝の方(英勝院)によって創建された寺院。この女性はとても聡明だったため家康にとても気に入られ、しばしば戦場にも連れて行かれたという。戦に連れて行くと必ず勝ったことから、「勝」という名前が与えられたとういうエピソードが残る。

英勝寺は、鎌倉では唯一の尼寺。現在の英勝寺山門(写真右)は、関東大震災で倒壊後、2011年5月に再建されたもの

英勝寺は尼寺らしく、境内には四季折々の花が咲くが、この季節に楽しみなのが見事な白藤の藤棚だ。時間帯によっては茶席が設けられ、藤棚を眺めながら抹茶をいただくこともできる。

●infomation
英勝寺
住所: 神奈川県鎌倉市扇ガ谷1-16-3
アクセス:JR・江ノ島電鉄「鎌倉駅」西口より徒歩15分
拝観休み:木曜日

緑に囲まれた茶館「悠香房」でゆったりと

英勝寺を出たら、歩いてきた道をさらに先へと進もう。路傍には、小さなお稲荷さんや、『十六夜(いざよい)日記』の作者、阿仏尼の墓と伝わる石塔などがまつられている。

しばらくは横須賀線の線路に沿って歩いて行くが、やがて道は線路から離れ、「谷戸(やと)」の奥へと向かっていく。南を海、その他の三方を山に囲まれた鎌倉は、市街地の北側に、山の尾根と尾根の間に抱かれるような、谷戸と呼ばれる谷間の地形がいくつも形成されているのだ。

歩いてきた谷戸の最奥には海蔵寺(かいぞうじ)という寺院がある。海蔵寺に向かう途中から道標に従って、「銭洗弁財天」や「化粧(けわい)坂切通」へと通じる分かれ道に入っていくと、程なくして目指す「中国茶房 悠香房(ゆうかぼう)」が見えてくる。

緑に囲まれ、小鳥のさえずりも聞こえる「中国茶房 悠香房」の店内

「悠香房」は中国茶の専門店。日本人にはあまり馴染みがないが、中国では「茶館」と呼ばれるお茶を出し、社交場のように使われる店が街中にたくさんあるという。オーナーの金子正さんは、

「かつては、日本にも銭湯のような社交場がたくさんあったが、時代とともに失われてきた。悠香房は、そのような人と人をつなぐコミュニケーションの場にしたい。また、お茶は茶道などのイメージから"難しいもの"と思われるかもしれない。たしかにお茶は長い歴史を持ち、探求しがいのある"深い"ものだが、決して難しいものではない。まずは、気軽においしく味わってもらえればいいと思う」と話す。

今回いただいたのは、姜花香(ジャンファーシャン)という生姜の花の香りのするお茶(1,500円)。中国茶は二煎、三煎と何杯も飲むうちに、次第に旨味が増してくるのが特徴という。たしかに金子さんと話をしながら何杯も飲むうちに、次第に甘みが口の中に広がるようになってくるのを感じた。

「姜花香」(1,500円)と中国のスイーツ「タンユェン」(600円)

同じお茶の飲み方でも日本と中国ではずいぶんと違うものだ。一杯のお茶が、知っているようで実はよく知らない中国という国の文化を知るきっかけになれば、それは素晴らしいことだと思う。お茶をいただきながら中国駐在経験もある金子さんに、中国についていろいろと質問をぶつけてみるのも面白いだろう。

●information
悠香房
神奈川県鎌倉市扇ガ谷4-5-25
アクセス: JR・江ノ電「鎌倉駅」西口より徒歩20分
営業時間: 10:00~18:00
定休日: 毎週火曜日

鶴岡八幡宮で春の花を楽しむ

「悠香房」から、いったん寿福寺門前まで戻り、踏切を渡って細道を歩いて行こう。この道沿いには「窟堂(いわやどう)不動」または「岩窟(がんくつ)不動」の名前で親しまれている不動明王がまつられており、そのため、この道は「窟堂道(いわやどうみち)」と呼ばれている。

窟堂不動の先には「鎌倉市川喜多映画記念館」があり、さらにその先の角を左折すると、鶴岡八幡宮の杜(もり)が見えて来る。八幡宮の境内に入ったら、源氏池のほとりを目指そう。八幡宮境内には源氏池、平家池という2つの池があり、境内奥に向かって右側に広がるのが源氏池だ。源氏池のほとりには藤やツツジが咲くほか、「ぼたん庭園」には大輪の牡丹(ぼたん)が咲き、5月中旬頃まで楽しめる。

鶴岡八幡宮源氏池のツツジ

鎌倉彫を味わうカフェで小休止

鶴岡八幡宮を出たら、若宮大路を鎌倉駅方面に向かって歩いて行こう。若宮大路の中央には「段葛(だんかずら)」と呼ばれる車道より一段高く盛り土された歩道がある。段葛は2016年3月まで桜の植え替え工事などのため閉鎖されていたが、再び歩けるようになり、今年は桜を楽しむことができた。

段葛とともに、2016年春にリニューアルオープンしたのが、若宮大路沿いにある鎌倉の伝統工芸「鎌倉彫」の様々な活動拠点となっている「鎌倉彫会館」だ。会館内にある「鎌倉彫資料館」の展示を充実するとともに、鎌倉彫の器で料理や飲み物を提供するカフェもオープンし、話題になっている。

リニューアルにあたって、「鎌倉彫資料館」をこれまでの1階から3階へ移設し、展示を充実させた。また、展示空間も広くなり、今までよりもゆっくりと作品を鑑賞できるようになったほか、展示ケースや照明も一新し、より彫りの陰影や漆が美しく際立つようになった。

桜の植え替えが終わった段葛

鎌倉彫資料館

今回のリニューアルの目玉とも言えるのが、1階にオープンした鎌倉彫の器で料理や飲み物を提供するカフェ「倶利(ぐり)」だ。鎌倉彫会館館長でカフェの責任者でもある後藤尚子さんは、「鎌倉彫はこれまでも各時代において常に進化してきた歴史がある。鎌倉彫カフェでは、コーヒーなどの器としても使うなど、鎌倉彫の新しい使い方・可能性を提案していきたい。そして何よりも、皆さまに鎌倉彫をより身近な存在と感じていただきたい」と語る。

鎌倉彫カフェ「倶利」の「倶利ハンバーグ」セット(1,200円)

今回いただいた料理は、特製の「倶利ハンバーグ」のセット(1,200円)。材料の半分が牛肉、半分がおからや有機ニンジンというヘルシーハンバーグがメイン。これに鎌倉市内の建長寺が発祥とされる「けんちん汁」、丹後こしひかりご飯、割干大根と青菜のおひたしがつく。

「倶利ブレンド」お菓子付き(500円)

食後のコーヒー(500円)も鎌倉彫の器でいただく。手で器に触れてみると、熱が直接伝わらず、木と漆の温もりが感じられる。伝統工芸の器に囲まれて、鎌倉の長い歴史と空気を感じながら、ゆったりと食事やコーヒーが味わえる。今までありそうでなかった、こんな素晴らしい場所ができたのだから、話題にならないはずがない。

●information
鎌倉彫カフェ 倶利
神奈川県鎌倉市小町2-15-13鎌倉彫会館1階
アクセス: JR・江ノ電「鎌倉駅」東口徒歩5分
営業時間: 9:30~17:00(ランチタイムは11:00~14:00)
定休日: 月曜日(月曜が祝日の場合は火曜日)

鎌倉で藤を見たいなら、英勝寺や鶴岡八幡宮のほか、光触寺、大船観音寺、フラワーセンター大船植物園などもオススメだ。また、フラワーセンターでは同じ頃、たくさんのチューリップが花を咲かせ、安養院のツツジも人気がある。春ならではの鎌倉の風景をぶらりと歩きながら楽しんでみてはいかがだろうか。

フラワーセンターではチューリップが見頃を迎える

※記事中の情報は2016年4月時点のもの。価格は税別

筆者プロフィール: 森川 孝郎(もりかわ たかお)

旅行コラムニスト。京都・奈良・鎌倉など歴史ある街を中心に撮影・取材を行い、「楽しいだけではなく上質な旅の情報」をメディアにて発信。観光庁が中心となって行っている外国人旅行者の訪日促進活動「ビジット・ジャパン・キャンペーン」の公式サイトにも寄稿している。鎌倉の観光情報は、自身で運営する「鎌倉紀行」で更新。