【インタビュー】

『週刊文春』新谷学編集長ってどんな人? 涙の完売から見えた、55人の"仲間"たち - 連載「話題の人」第1回

1 「こわいと思われても仕方がない」

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ベッキー、川谷絵音、ショーンK氏(ショーン・マクアドール川上氏)、甘利明大臣(当時)、宮崎謙介議員(当時)、読売巨人軍の笠原将生・松本竜也・高木京介選手(いずれも当時)……彼らに共通するのは「それまでひた隠しにしてきた"秘密"が『週刊文春』によって白日の下にさらされ、人生が激変した人」である。

文春砲、文春無双、センテンススプリング……異名が増え続ける約55人の精鋭部隊を引っ張るのが、2012年から編集長に就任した新谷学(51)という人物。「なぜスクープ連発?」などの取材が殺到したことから、すでにご存知の方も多いはず。しかし、個人的に気になっていたのはその「人柄」である。きっと能面のごとく心理状態を明かさないような、とんでもなく不気味なオーラをまとった人物に違いない。衝撃的なスクープの数々に引っ張られ、記事を読むたびにあらぬ妄想が膨らんだ。

実像を確かめるべくアポを取ったところ、その先入観はあっさり覆されてしまう。そして、その「人柄」こそが「スクープ連発」の原動力につながっていたと知ることに。注目を集める人物に会いに行き、その人柄と言葉に触れるインタビュー連載「話題の人」の第1回。以下は当初の予定を超えてまで語った(最後は立ち上がりながら、去り際のギリギリまで話してくれた)、約1時間15分、約9,000字の記録である。※本記事に収まりきらなかった内容は後日、約7,000字の特別編として掲載。

――取材が殺到していますね(Yahoo!ニュース特集、ダイヤモンド・オンライン、編集会議、AERA、IT mediaなど)。

英国のエコノミストや米国のウォールストリート・ジャーナルからも来ました。同じ話を何回もしているので、今日は新鮮で面白い話をできるといいんですが。

――過去にここまで注目されたことは?

いえ。取材を受けたことは何回かありますが、1月からこれだけ立て続けなのは初めてです。

――「来る者拒まず」ですか?

すべて受けているわけではないですが、『週刊文春』のことを今まで知らなかった方にも知っていただけるチャンスではありますからね。「思ったよりも真面目に作っている」ということも含めて、週刊誌に対する偏見を取り除いて、本来の姿を伝えるチャンス。みんなが注目してくれている今は貴重な機会でもあるので、生かすべきだと思っています。

――編集長就任が2012年。どのあたりから風向きが変わった印象ですか。

今年の1月3日に復帰したんですが、劇的な変化を感じているのはそれ以降です(※休養の経緯は後述)。編集方針は大きくは変わっていないんだけれども、それまでは一進一退というか、スクープで売れることもあれば、思ったより売れないこともある。いずれにしても部数が徐々に下降している状況でした。他誌も同じですが、昨年は落ち幅が大きかったのでかなり危機感を抱いていました。それが1月になってこんなふうに転換できるとは思ってもみなかった。今はもちろんいい。大切なのは、「これをどこまで持続させて行けるか」です。

"センテンススプリング"誕生のきっかけとなった2016年1月14日号。新谷編集長の復帰第1号だった。当事者の川谷は音楽活動を続けているが、ベッキーはいまだに休養中。

警戒されることの長所と短所

――『週刊文春』の影響力に注目が集まっています。周囲の警戒心も高まっているのでは?

確かに警戒されますね。それには良い面と悪い面があって。「文春には正直に話さないとマズイ」という空気が出てきているので、そういった意味で雑誌のクリエイティビティは上がりました。でも、近寄りがたい存在になってしまうとなると話は変わってきます。そうならないように、なるべく皆さんに親しんでいただける媒体でありたい。こういうインタビューを受けるのは、その一環でもあるんです。

編集長ってどんな人間なんだろう。みなさん、きっと思われると思います。「人権を無視し、首狩り族のように次々といろんな人の人生をめちゃくちゃにして、金儲けして喜んでいる人間」だと。私自身はそんな人間ではないつもりなんですが。

――正直に言います。こうしてお会いする前は、そういう近寄りがたいようなイメージでした。

ですよね(笑)? やっていることだけ見ると、こわいと思われても仕方がないのかもしれません。

――そんな編集長でも、人付き合いの中から生まれた仕事は?

ジブリの鈴木(敏夫)さん、ドワンゴの川上(量生)さんと食事に行った時のことです。当時の局長が鈴木さんと仲が良くて、私も連れて行ってもらいました。すごく面白い方々だったので、一緒に組むと何か面白いことができるんじゃないかなと何となく感じて。

特に川上さんは感覚が編集者っぽいというか、「逆張り」を意識されている。みんなが「右」という時にあえて「左」を見ようとするのは編集者にとってすごく大事なセンスだと思っているんですが、そういう「常識のウソ」に囚われない方と感じたので、こういう人と組むと面白いかもなという印象が漠然とありました。食事の後にすぐに連絡して、2人の時間を作ってもらって、その場で連載を打診しました。「考えてみます」とおっしゃっていたんですが、編集部に戻ったらすでにメールが届いて「1回分書いてみました」と(笑)。それですぐに連載をはじめたことがありました。

川上さんとはデジタル展開についても話をして、当時はじまったばかりの「ブロマガ」で「週刊文春デジタル」をスタートしました。『週刊文春』のコア読者とドワンゴ会員は両極というか、年齢層が全然かぶらないところにもすごく可能性を感じたんです。もともとの週刊文春読者の会員も今はかなり増えましたが、ドワンゴの読者が中心だったころは、AKBやジャニーズなどアイドル系のものを取り上げると一気に入会が増える。コア読者とは全然違うリアクションが、すごく面白かったですね。乃木坂の時とか特にすごかった。乃木坂目当てで読んだ人が、他の記事を読んで「意外と面白いな」と思ってくれる。そんな流れを少しずつ積み上げていければ、というかなり先行投資的な試みでした。

ジブリ・鈴木敏夫氏(左)とドワンゴ・川上量生氏

――どちらも決断が早いですね。

その点でいうと川上さんはすごいですよ。佐村河内さんのゴーストライター問題を取り上げた後、新垣(隆)さんがよく編集部に来ていたことがありました。新垣さん、うちに来てよく出前とか食べてたんですよ(笑)。彼はすごく親しみやすい人なんです。

その頃、周りに「新垣さんに文春のテーマ曲を作ってもらいたいなぁ」「曲名は『交響曲HARIKOMI』」と冗談っぽく言っていて(笑)。川上さんと会った時も同じようなことを話したら、「それいいですね! うちでやらせてください!」と興味を持ってくれて。ドワンゴの23時間テレビの目玉企画にしたいと言われて、オーケストラの費用も持ってくれると。即決だったので、私も急いで佐村河内さんばりの"指示書"を書きました。「張り込みをしている記者の焦燥感と高揚感を表すような超絶かっこいい曲を」というイメージを伝え、映画『仁義なき戦い』のサントラと一緒に新垣さんに渡しました(笑)。完成したのはそれから2週間後。イメージ以上に素晴らしい曲でした。すごい再生数だったみたいですよ。「交響曲HARIKOMI」(笑)。

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インデックス

目次
(1) 「こわいと思われても仕方がない」
(2) 部下と飲まない信頼関係
(3) "かわいい仲間"のもとに「必ず戻ってやる」

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