社員の立場になった人事の仕組みを考える時代です

社員数の多寡にかかわらず、社員一人ひとりのキャリアや適性を考えて、人材を最適に配置するのが人事の役割ですね。ひと昔前には、結婚したら退社しにくくなるから転職させるなんてことが大企業でもありました。しかし時代は明確に変わっています。そのような乱暴な人事をすると「ブラック企業」のレッテルを貼られ、大きなブランド毀損となるようになったのです。

会社の都合で機械的に配属を決めるのではなく、社員の立場になってキャリアアップを支援する人事の仕組みを創りましょう。厄介なことだと考えずに、その仕組みこそがコアコンピタンスになるのだという意識で取り組んでいただきたいと思います。なぜならカネもモノも情報も価値が低下した現在のビジネス環境において、人材こそが圧倒的に重要な経営資源になったからです。

また、生活者のライフスタイルは年々多様化しています。かつては出世を望む社員が多数派でしたが、今は一人ひとり自己実現の方向が異なりますね。仕事よりも家族を大切にしたい、働きながら社会貢献をしたい、将来は地方に住みたいなど、社員によってさまざまな人生設計をもっています。社員と話し合い、彼らのキャリアパスを真剣にサポートしてください。そうすれば彼らは、就業中はもちろんのこと、退社した後も会社を積極的に支持し、ブランドへの共感度を高めてくれるでしょう。

最後に、特に新しく社員を迎える部門長の方へのメッセージとして、著名な心理学者であるチクセントミハイ氏の「フロー理論」をご紹介します。彼は、人間の心理的エネルギーが今取り組んでいる対象に100%注がれている状態を「フロー体験」と呼び、次のような条件を満たすことが重要であることを導き出しました。

1.活動の目標が明確であること
2.成果に対する迅速なフィードバックがあること
3.十分に集中できる環境にあること。今の問題に集中できること
4.対象への自己統制感があること。自分がコントロールできている感覚があること
5.機会と能力のバランスが良いこと。適切な難易度であること

逆に、仕事を通じて喜びを感じにくい要因として

1.今日一日の活動目標が明確ではないこと
2.成果に対するフィードバックがないこと
3.業務に集中できる環境がないこと
4.外部の指示が多く自分が仕事をコントロールできている感覚がないこと
5.業務とスキルのバランスが悪いこと

を挙げ、これらがストレスの原因になると分析しています。

特に「機会と能力のバランス」は重要です。チクセントミハイ氏はそれを「フローチャンネル」という図を使って表現しました。

フロー理論における「フローチャンネル」

この図は、行動が時間経過とともにどう複雑さを増していくかをあらわしたもので、センターにあるのが、フロー体験をできるゾーン「フローチャンネル」です。A地点からスタートした社員は、それが続くとスキルが向上して飽きていきます。この時点でフローに戻るにはチャレンジを高めてCにする必要があるのです。しかし、現時点の自らのスキルレベルを遥かに超えると不安になり、やはりフロー体験を得られなくなることがわかっています。この図を見ると、適切な仕事のアサインが非常に重要なことがわかります。

チクセントミハイ氏は、人は家庭よりも職場において多くのフロー体験を味わうことが多い、つまり、現代の仕事は辛いことではなく楽しさを感じるものであるとしています。職場とはフロー体験を経験するために最適な場であり、社員の幸せと生産性向上という両輪を得ることは十分に可能であることを示唆しているのです。ぜひ、全員ハッピーな職場を目指して、優しいリーダーシップを発揮してくださることを祈念しています。

参考図書
M.チクセントミハイ『フロー体験 喜びの現象学』(世界思想社)
M.チクセントミハイ『フロー体験とグッドビジネス―仕事と生きがい』(世界思想社)