サイバーエージェントが昨年10月に発表した最新の推計(※)によると、2015年における動画広告の市場規模は506億円で、対前年比160%の成長。これが2017年には1000億円の大台を突破し、東京オリンピックが開催される2020年には2000億円規模に到達する見通しだという。

このレポートでは、若年層を中心としたテレビCMとの接触低下を背景に、企業がテレビCMのプロモーションを補完する役割として動画広告への関心が高まっているとしたうえで、「先進的に動画広告への取り組みを行ってきた大手広告主企業においては、トライアル出稿の段階を脱し、現在は広告予算のメディアポートフォリオの一部に組み込まれるようになる等の変化もみられる」とまとめている。

国内動画広告の市場動向調査

とはいえ、ネット上の動画広告にテレビCMと同じような大規模配信による幅広いリーチを追求するというスキームが適切なのだろうか。動画広告だからこそ追求することできる、テレビCMとは異なる広告価値とは何なのか。ディスプレイ広告の配信プラットフォームを手掛けるマイクロアドプラスにおいて、昨年11月にサービスを開始した動画広告サービス「BLADE VIDEO」のプランニング部門「BLADE VIDEO STUDIO」で統括責任者を務める安井一男氏に話を聞いた。

マイクロアドプラス コミュニケーションデザイン事業部General Manager 兼 BLADE VIDEO STUDIO統括責任者の安井一男氏

三位一体の広告配信で、効果を最大化させる

まずは、同社がサービスを開始したBLADE VIDEOのポイントを整理したうえで、動画広告からどのような化学反応を生み出そうとしているのかを探ってみたい。

BLADE VIDEOは、マイクロアドが従来から手掛けているターゲティング広告配信の仕組みを活用して、そこにディスプレイ広告に代わって動画広告を配信するという仕組みだ。しかし、ただ機械的に広告素材をユーザーに露出するのではなく、配信先を一部のプレミアムメディアに限定した上で、広告を配信したい広告主、広告の配信を受けたいメディア、不要な情報は閲覧したくないユーザーの三方を繋げるためのプランニングをBLADE VIDEO STUDIOが行い、加えて配信先のメディアの特性やユーザーニーズに即した動画広告素材の制作まで一元的に行っているのだという。

配信された広告はメディアのページ上にオーバーレイ表示される。このサービスのポイントについて、安井氏は「オーディエンスデータの強みや精度を活かしながら、広告のターゲティングはシステムが行い、そこで接触されるクリエイティブは人の力で生み出す。マイクロアドが持つDSP、SSP、クリエイティブの強みを組み合わせて提供できるのがポイントだ」と説明する。

BLADE VIDEOの広告配信イメージ

例えば、あるテーマに関して書かれたウェブページ上に、そのテーマと関連性の高いサービスの動画広告を配信し、ユーザーがウェブページに持つ期待値とのミスマッチを防ぐのだ。この広告主、メディア、コンテンツ(広告素材)が三位一体となりユーザーに提供された場合の広告CTRは高く、安井氏によると実際にCTRが2%を超えた事例もあったのだという。従来のディスプレイ広告には考えられないデータであり、これは配信された広告がユーザーの期待値に応え、広告主の商品・サービスへの関心を高めたことを示唆している。

安井氏は、このような高い広告効果が実現できたことについて、更に一歩踏み込んだ効果の追求がネット広告の課題であると説明する。

「動画広告であっても、大量に配信してリーチの多さを追求する場合には、インプレッション単価をいかに下げるかが求められる。しかし、ネット広告には“広告主のウェブサイトにどのような見込み顧客を誘導できたか”ということも重要なのではないか。BLADE VIDEOでは、そのCTRの高さから動画広告の視聴完了率の高さも容易に想像できる。今後は、いかに質の高い見込み顧客を誘導できたか、そして誘導した見込み顧客がその後に広告主のウェブサイトでどのようなアクションをしたかという点まで分析して効果を検証したい」(安井氏)

動画広告が“ウザイ”と言われないために

なぜBLADE VIDEOはこれほどまでに高いCTRを実現したのか。それは、メディアを視聴するユーザーと広告主が訴求したい広告内容のミスマッチが起きないように綿密なプランニングを行ったのはもちろんだが、広告に接触したユーザーをそこに留めることに成功した広告コンテンツそのものの貢献度が非常に大きい。広告主がメディアとマッチしていても、接触した広告コンテンツが面白く興味深いものでなければ、ユーザーは留まってはくれない。BLADE VIDEOが配信だけではなくクリエイティブの制作まで踏み込んでサービスを提供しているのは、その広告をユーザーに受け入れてもらうための“最後の一手”こそが重要だと考えているからにほかならない。

動画広告におけるクリエイティブの重要性を語る安井氏

この点について、安井氏は「“動画広告”というキーワードを検索すると、関連語に必ずと言っていいほど“ウザイ”という言葉が出てくる。つまり、ユーザーの意図しない動画広告は、ウェブサイトを視聴するユーザーにとって邪魔な存在になってしまっている。配信する広告素材を考える上で重要なのは、ユーザー視点であり、“本当にユーザーに受け入れてもらえるか”を考えて広告クリエイティブを開発していくことが重要だ」と語る。

動画広告を始めようと思えば、広告枠があり、接触するユーザーがいて、配信するクリエイティブがあれば広告は成り立つ。しかし、ユーザーが“興味なければ無視”すればいいディスプレイ広告と違い、動画広告は場合によってはユーザーのサイト上における行動を阻害する要因にもなる。存在感が大きいだけ、よりユーザーが受ける心象を踏まえたプランニングをしなければならないのだ。

「動画広告では、KPIの見立てが非常に重要だ。とにかく大規模配信したいという意向がある場合もあるが、その結果ユーザーが広告主に対してネガティブな印象を持つことは大いにありうる。広告を配信するスキームそのものがユーザーにどのような心理を喚起するかを十分に意識して考えていかなければならない」(安井氏)

アドテクノロジーの時代だからこそ、人材の力が必要だ

最後に、安井氏に動画広告が目指すものは何かを訪ねた。これに対して安井氏は、ユーザーとの接触から生み出されるものを追求した動画広告ならではのエコシステムの構築が重要だと指摘する。

「ネット広告は課金モデルから語られることが多いが、課金単価を追求しはじめると従来のネット広告と同様“低価格で大規模リーチ”を求めたくなってしまう。それでは、動画広告の本質を見失ってしまうのではないか。コストで語り始めたら、動画が持っている様々な可能性を潰してしまう」(安井氏)

つまり、コストパフォーマンス以前にまず動画広告が追求しなければならないのは、ユーザーにいかに受け入れられ興味を喚起できるかという広告が本来追求すべき本質そのものであるのだ。

そこで必要とされるのは、マイクロアドが本来追求してきたアドテクノロジーではなく、人材が持つ力であると安井氏は語る。

「マイクロアドは、広告効果パフォーマンスを追求するいわゆるアドテクの分野で成長してきたが、究極的に言えば広告効果の部分最適化作業は今まで以上にオートメーション化ができる領域。AIなどが台頭する次世代において、今まで人的リソースを必要としてきた広告運用の領域 が他リソースに置き換わる可能性は大いにありうる。そうした中で人材に求められるのは、広告主とユーザーの間に良好な関係を築くためのプランニング能力や、それを実現するクリエイティブ表現の開発能力などを付加価値として、広告主の期待に応えることではないか。もっと先には、マイクロアドだからこそあえてディスプレイ領域から飛び出して様々なテクノロジーとクリエイティブ表現を融合させ今までにないような体験をユーザーに届けることやその体験の設計による新しい価値の提供などもある。これからは従来のアドテクノロジーでは解決できないことをあえて僕たちが解決すべきだ」と安井氏。

アドテクノロジーは広告予算のデジタルプラットフォームへの移行に貢献してきたし、これからもしていくと思う。むしろマーケティングのオートメーション化がより加速していく過程においてアドテクへの期待はまだまだ大きいだろう。ただし、今までのような効率化だけでない新しい意義を見出せなければ大きな進化はないと思う。

だからこそ、アドテク企業こそが、従来のテクノロジーを活用したクリエイティブ表現の開発領域など、新しい意義を見出せるような新たなビジネススキームの考案にも全力を傾けるべきだというのだ。

加えて安井氏は、この人材こそが競争が激しいアドテクノロジー業界を生き抜く大きな力になると語った。

「アドテクノロジーの企業がテクノロジーとそれに付随する効率化やパフォーマンス領域だけを追求していては、他社との圧倒的な差別化にはならない。そもそもテクノロジーは当たり前にあるものとして、クリエ イティブやアウトプットの表現など人の力で生まれる価値を追求し、他社にはできないアイデアを形にして世の中に発信していく力を強化していく必要があるのではないか。デジタル広告の先には、システムが担うアドテクノロジーと人材が担うクリエイティビティの融合という大きな課題が待っている」(安井氏)

「従来のアドテクノロジーでは解決できないことを僕たちが解決すべき」と安井氏