「世界各地のエリート特殊部隊と、本気で"鬼ごっこ"してみませんか? 指定された目的地に36時間以内にたどりつくことができれば、あなたの勝ち。しかし、あっさり勝たれても困るので、所持品は"最低限のサバイバルキッド"と"1リットルの水"のみ、舞台はサバンナとかジャングルとか。各チームが熟知し、あなたにとっては大変危険な場所です。他にも必要なものがある? それは自力で現地調達してください」

"鬼ごっこ世界最強男"こと、ジョエル・ランバート 撮影:大塚素久(SYASYA)

そんな耳を疑う話を持ちかけられて、興奮する人間が世界にどれだけいるだろうか。ジョエル・ランバート。元アメリカ海軍ネイビーシールズの彼は、この無謀なミッションに果敢に挑み、罠を仕掛けるなど軍人時代の経験を生かして一進一退の攻防を繰り広げていく。ディスカバリーチャンネルで放送された番組『ザ・マンハント』は瞬く間に視聴者のハートをガッチリつかみ、ほどなくシリーズ化。しかしこの男、鬼ごっこに熱中するあまり、初回でいきなりライオンの縄張りに迷い込んで交信が途絶えたことから、番組スタッフが「番組ホストが死んでしまった……」と肝を冷やしたことはあまり知られていない。

身長183センチ。服の上からでもすぐに分かる、隆起した筋肉。"超人"ジョエルが今、目の前にいる。新番組の宣伝を兼ねて来日すると聞き、すぐにアポをとった。せっかくの機会だ。ネット上の噂をぶつけてみよう。映画『アメリカン・スナイパー』やFPS人気ゲーム『Call of Duty: Ghosts』に関わっていたのは本当なのか? なぜ番組出演時に危険を顧みないのか? しかし、的はずれな質問があってはならない。なにしろ相手は、無意識にライオンの縄張りに踏み込んでしまうような人物なのである。なにか、良い"つかみ"はないか……。取材の直前、何気なく見た彼のツイッターに釘付けになった。「Tokyo toilets are still the best in the world」――――。

――はじめまして。日本は何度目ですか?

(以下通訳より)初めてです。2日前に着いたばかりです。

――ツイッターによると、日本のトイレにとても感動されているそうですね。

本当にすばらしい!世界で最も文明的なトイレだと思います。技術の使い方としてこれ以上のものはない、世界最高の産物。他の国がなぜ日本のように発達していかないのか、とても不思議です。

――ご自宅のトイレに1ついかがですか?

そうしたいとは思っていますが……今は賃貸物件なので変えることができないんですよ。2~3年後には家を買う予定なので、すべてのトイレをウォシュレット付きにしようとたくらんでいます。

――私が作ったものではないのですが、そこまで日本のものを褒めてもらえると誇らしくなります。

ハハハハハッ! あんなにすばらしいものを作ってくれてありがとうございます。

人気シリーズ番組『ザ・マンハント』

――ジョエルさんは、「特殊部隊とガチの鬼ごっこをしたアメリカ人」として、日本国内でも話題になりました。『ザ・マンハント』ではライオンの縄張りに入ってしまったことがありましたよね? 本当のところ、どのくらいヤバかったんですか。

あれは本当に危なかった……。番組の中では30分ぐらい行方不明だったのですが、実は3~4時間、私一人だったんです。現地のプロデューサーは焦りっぱなしで、メリーランド州のディスカバリーチャンネル社内では「番組のホスト役が亡くなったかもしれない」「ジョエルがライオンに食われた」とスタッフたちは気が気じゃなかったようで。私の無事が確認された時は、相当ホッとしたそうです。今まであらゆる戦闘、戦場を経験してきましたが、人生の中で一番"死"が近付いた状況だったと思います。

――鬼ごっこに熱中しているうちに、気づけば死が迫っていた。

ええ。GPSはプロデューサーが持っていて、私はカメラマンと一緒でした。私がGPSを所持していないことが後々問題になって、それからは必ず付けることになったんですが、その時は私とカメラマンが先に走りだして、プロデューサーを置き去りにしてしまいました。先のエリアにはライオンがいることは分かっていたんですが……。

――その第1回の舞台は、南アフリカの野生保護区。対戦相手は国際密輸撲滅基金部隊"IAPF"で、創設者はオーストラリアの元特殊部隊隊員という手ごわい相手でした。

すごく良い関係を築くことができて、番組としても最高の盛り上がりを迎えようとしているところでした。ゴールまであと2キロ。ライオンの縄張りの中に入ってしまった時に、プロデューサーからはインカムを通して「出てこい!」と何度も呼びかけられていたのですが、番組を終わらせようとしていると勘違いして、私は「そんな言葉にだまされるか!」と(笑)。プロデューサーの様子が尋常ではなかったので、あれ? これはやばいかも……と。

――それでも出て行かなかった。

ここで出て行って番組としてはうまく収めることができたとしても、自分としては本当の「終わり」にはならない。「生き残るかもしれないけど番組は中途半端」、もしくは「死ぬかもしれないけど完璧な番組構成」。あと2キロと考えても、私の中では進むべき道に迷いはありませんでした。カメラマンからカメラを奪って「俺は行く」と言い残したら、カメラマンが「絶対に嫌だ」と言いながら、ついてきました。今後、同じような状況になっても、きっと同じ選択をすると思います。

――すごい情熱ですね。

「たかがテレビ番組のために」と思われるかもしれませんよね(笑)。確かにその通りですが、私はガチンコで本気の勝負を仕掛けているわけです。そこにはテレビ番組かどうかなんて関係ない。男同士の真剣勝負はきちんとケリをつけなきゃいけない。おかげで対戦相手のオーストラリア人・デミアンとは今でも良い友達です(笑)。

――ジョエルさんが番組で挑んだ企画は、日本では「鬼ごっこ」と呼ばれ、多くの人々が子どもの遊びとして経験しています。アメリカでもそのような文化はありますか。

"かくれんぼ"はたくさんしました。最近、ツイッターやフェイスブックなどから伝わるのですが、子どもたちの間で『ザ・マンハント』をまねして遊ぶことが流行っているそうです。特にブービートラップ(笑)。ある子どもはキッチンの食器がすべて飛び出す仕掛けを作って、その母親から「ありがとうジョエル。あなたのおかげでとんでもない目にあいました」とメッセージが届きました(笑)。

IAPFが動物の保護を最優先することに目を付けたジョエルは、その活動理念を逆手にとって"ボヤ騒ぎ作戦"を強行する

――発想が違いますね(笑)。日本人の「鬼ごっこ愛」はすさまじく、一説によると1300年前からあるそうです。細かいルールの違いなどを含めると、その種類は全国で約3000種類(「鬼ごっこ協会」公式サイトより)。そんな日本人に、鬼ごっこ、かくれんぼの極意を伝授していただきたいのですが。

そんなにたくさんあるんですか!? すごい……。

そうですね……状況に合わせて「1歩先のことを考える」というのがとても大切です。2つしか技術がないのに、それだけで乗り越えようとしても無理なんです。状況に合わせた適切な技術を備えておくことが何よりも重要で、敵よりも常に先のことを考える。ポイントは、敵側に「自分が優位」と思わせること。すると、自然とこちらが優位な立場になります。

――なるほど。参考にさせていただきます。それからもう1つ。日本ではバラエティ番組などでの「無人島生活」企画が人気です。定番の質問なのですが、無人島に1つだけ何かを持っていけるとしたら?

その場所の環境によって変わってきますが、とりあえずは片刃のすごくしっかりしたナイスを持って行きます。それさえあれば罠、狩猟、道具……とにかく生活に必要なものは何でも作ることができます。