先日、日本介護福祉士会がフジテレビに対して、ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』の内容に意見書を送り、Yahoo!総合トップに掲載されるなど大きな話題となった。

意見書の内容は、日本介護福祉士会に「『ヒロインが介護施設で過酷な労働環境(24時間勤務)と労働条件(月収14万円)を強いられ、上司やオーナーからハラスメントをされている。本当なら身内が目指している介護の資格取得をやめさせようと思っているがどうなのか』というメールが届いた。多くのマスコミが介護に関してかなり偏った情報を流している。影響の大きさを考えてほしい」というもの。

つまり、「放送をやめろ」「今すぐ内容を変えろ」というほどの勢いではないが、「ドラマの設定やシーンが介護職の人材確保に悪影響を及ぼしている」と言いたいのだろう。

1990年代は最後まで押し切れた

この騒動を知ったネットでの反応は、「問題のある事実を隠蔽しようとしているのか」などの意見が多数を占め、介護現場で働く人々がドラマに肯定的なコメントを書いたこともあって、日本介護福祉士会への逆批判が相次いだ。

日本介護福祉士会としては、「抗議ではなく、あくまで意見」だったのだろうが、むしろそのほうが他社に対する「口出し」「横やり」であり始末が悪い。そのせいか、意見書を受け取ったフジテレビは、「監修も取材も十分しているため、貴重な意見として参考にさせていただく」と受け流すに留めた。

ドラマはフィクションであるにも関わらず、どうしてこのような規制の問題が起きてしまうのだろうか。これまでも多くのドラマがさまざまな団体や個人から意見や抗議を受け、対応を迫られてきた。

最も顕著だったのは1990年代。脚本家・野島伸司が手がけた『高校教師』(TBS系)は教室での強姦や自宅での近親相姦、『人間・失格』(TBS系)は陰湿なイジメ、『聖者の行進』(TBS系)は障害者虐待の描写で、教育委員会、PTA、関連団体などから猛抗議を受けた。

しかし、2003年にBPOが誕生するまではテレビ局の力が強く、これらのドラマは猛抗議に屈することなく、そのまま放送。一般人はむしろ「話題性がある」という観点から面白がって見ていた人が多く、実害を受けた人がほぼいなかったこともあって、振り上げた拳を下ろす形で抗議は収まっていった。当時はあまり意見・抗議の影響はなかったと言っていいだろう。

意見・抗議では打ち切らない

BPO誕生後は問題作の数が減ったものの、2005年に『女王の教室』(日本テレビ系)が放送されると批判が殺到。冷酷な鬼教師が生徒をいたぶるシーンに教育関係者などからの抗議が相次ぎ、スポンサーが提供クレジットを自粛する事態に陥った。

さらに、お金のために殺人もいとわない2009年の『銭ゲバ』(日本テレビ系)、児童養護施設の描き方が問題視された2014年の『明日、ママがいない』(日本テレビ系)でも、視聴者や関連団体などから抗議があり、スポンサーがCMを調整・自粛。

『銭ゲバ』の公式サイトは当初11話までの設定があったが、途中から9話までになり、そのまま終了した。低視聴率という理由も考えられるが、視聴者の中には「抗議の影響もあって打ち切られた」と感じた人が多かったのも確かだ。一方、『明日、ママがいない』は世間を巻き込んだ論争となったため、児童施設の描き方が柔らかくなり、何とか最終回を迎えた。

これは裏を返せば、テレビ局は低視聴率という理由がない限り、意見や抗議だけでは内容の調整こそ検討するが、打ち切りはほとんどしないということになる。そもそもテレビ局は低視聴率での打ち切りすら認めないのだから、ましてや「意見や抗議が原因でやめました」と発表することはない。

 また、2004年の『相棒 3rd Season』(テレビ朝日系)で“世田谷南図書館”の司書が「閲覧者の個人情報を捜査令状のない警察に漏らす」「司書が年配者に自費出版を持ちかけお金を奪い、殺人事件を起こす」シーンがあり、日本図書館協会や世田谷区の図書館などが猛抗議。これを受けたテレビ朝日は、再放送をしないなどの提案をすることで収束させたという。

一方、2009年の『コンカツ・リカツ』(NHK)で「行政書士が法律相談をする」シーン、2010年の『特上カバチ!!』(TBS系)で「行政書士が示談交渉をする」シーンを問題視した大阪弁護士会は、それぞれ抗議書を送付。しかし、NHKもTBSも「参考にする」「内容に問題はない」という程度の反応で受け流した。

この差を見ると、テレビ局が意見や抗議の相手や内容によって、対応を変えていることが分かる。

BPO審議された過激な昼ドラ

その他の意見や抗議も振り返ってみよう。2007年の『ライフ』(フジテレビ系)では、女子高生の壮絶なイジメに批判が集まったが、支持の声も同等以上に多く、最後までブレずに放送。イジメを真っ向から扱った名作として、今なお評価されている。

2012年の大河ドラマ『平清盛』(NHK)では、物語の舞台となる兵庫県知事が「画面が汚い」「観光に影響が出る」と苦言。会見という公の場で、上から目線のような発言をしたことで、知事に逆批判が浴びせられた。

さらに同年の昼ドラ『幸せな時間』(東海テレビ)では、過激な性描写にテレビ局やネット上に抗議が殺到。ドラマでは異例となるBPOでの審議を経て、演出は大きく変わり、関係者が減給などの処分を食らった。

このように最近はネットの発達で、一般人が意見・批判する側、逆意見・逆批判する側の両方にわたって大きな影響を及ぼすようになっている。ただ注意しなければいけないのは、『いつ恋』の騒動がそうであるように、「意見・批判する側も、すぐさま意見・批判が返ってくるリスクがある」ということ。特に会社や各団体の要職に就く人は、SNSでのコメントにも慎重さが求められている。

野心作は有料放送に集中する

地上波の放送は公共性の制約があり、スポンサーへの配慮も必要なため、新しいことやタブーに挑むようなドラマを手がけるのは勇気が必要だ。その点、『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』は、ラブストーリーに若者の困窮を絡めて描く勇気を感じるが、一方で炎上覚悟のあざといドラマがあるのも事実。目先の視聴率狙いで、そんな禁じ手のようなドラマを作っていたら、昨今のネット社会では意見や批判を免れないだろう。

ドラマ界が最も危惧すべきは、意見や批判を恐れた自主規制で、新しいことやタブーに挑まなくなってしまうこと。自主規制が続けばそんな野心作は、視聴率もスポンサーの意向も気にしなくていいCSや有料配信サービスに移行していくだろう。つまり、「“自由で、大胆な、異色のドラマ”は有料放送でしか見られない」ということだ。実際、アメリカでは制約の多い地上波ではなく、ケーブルや有料配信サービスに野心作が集中している。

このままでは無料で見られる地上波のドラマが「サラッと見られる」似たようなものばかりになりかねない。あなたが「無料でドラマを見たい」のなら、「ドラマはフィクションであり、嫌なら見なければいいというだけだから、意見・抗議を送らない」のが、賢い選択と言える。

■木村隆志
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月20~25本のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などに出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技 84』など。