李星(リ・セイ)さんは中国吉林省にある朝鮮族の自治州延辺市の出身。北朝鮮に隣接することから、中国と朝鮮、双方の文化が混在する街で、中国語はもちろん、韓国語も堪能です。在日12年を過ぎ、今では日本文化にも精通しています。日本で生活する中、あらためて母国の味を日本に広めたいとキムチの輸入食品事業を1年前に起業。仕事を軌道にのせるため毎日奮闘中です。

李 星(リ・セイ)さん/中国出身/36歳/東京在住/輸入食品会社代表

■これまでのキャリアの経緯を教えてください。

中国の大学を卒業後、2年間小学校の教師をしていました。その頃中国では、日本への留学ブームが起こり、仲間が次々に日本に留学していたのです。私も幼い頃から日本のマンガやアニメに親しんでいたし、中学の時も選択科目の授業で日本語を専攻していたくらいですから、留学か就職か悩んだ時期がありました。

教師をしている頃に日本の専門学校から留学生募集の情報を聞きつけました。ある程度の日本語を話すことはできましたが、さらに5カ月間集中して日本語を猛勉強。2004年に来日し、IT系プログラマー教育の専門学校で2年間学び、そのままプログラマーとして日本で就職しました。私は中国語、韓国語、日本語を話すことができたので重宝され、様々な大手企業の開発に携わることができました。ただ、在籍中はリーマンショックがあり、業務も縮小され苦労が絶えず。さらに震災と、2度にわたって仲間の中国人や韓国人が次々と帰国していきました。中国に住む家族からも帰ってこいと心配されましたが、日本で起業して成功する夢のために「絶対に日本で生き抜く」という想いがあったのです。

起業といっても、特に目指していた業種はなかったのですが、キムチを日本に輸出している同郷の社長と出会う機会があり、"故郷の味"を見つめ直す良いきっかけになりました。自分の強みは"中・韓・日の文化を知っている"ことであり、誇りを持っています。キムチを通して日本でも故郷の味を広めたい気持ちが強くなり、すぐに動き始めました。

2014年、所属している世界韓人貿易協会の仲間にキムチを販売するための拠点選びやノウハウを学びながら起業しました。今は営業活動が主な仕事です。ネット販売での郵送手配や卸し販売、展示会での試食会や韓国系スーパー巡りなど、毎日キムチと一緒に走り回っています。

週のほとんどは営業で外回りだが、通信販売の動向チェックも大切な仕事のひとつ

■現在のお給料は以前のお給料と比べてどうですか?

前職のプログラマー時代は実績が認められて管理職にもつきました。その頃は40~50万円の給料がありましたが、今は妻と子供2人と生活するギリギリの金額です。正直、妻が大変だと思いますが、苦労を共にしてくれているので、とても感謝しています。

■今の仕事で気に入っているところ。満足を感じる瞬間は?

やはり、故郷の味を伝えられることが一番ですね。まずは在日の中国人や韓国人に味を認めてもらい、さらに日本人においしいと喜んでもらえることが大切です。特に同じキムチ文化のある中国東北地方と韓国でキムチを食べたことのある方に"本場の味!"といってもらえた時は「やった~!」ってガッツポーズです。うま味と辛みが絶品ですからね。これは日本のキムチでは出せない味ですよ。

■今の仕事で大変なこと、嫌な点は?

キムチは消費期限があり、販売のタイミングを逃せばロスにつながります。価格との兼ね合いもありますが、安く売れば良いという時代でもありません。早く利益を得るために試行錯誤中です。

■日本人のイメージは? あるいは理解し難いところなどありますか?

日本人は優しいし、おもてなしの心を持っていますね。自分よりも他人を優先して、一致団結して向上する力がある。日本人にとっては普通かもしれませんが、行列でも横入りしませんよね。中国人はちょっとしたマナーが守れない(笑)。

中国人は自由すぎるかもしれないけれど、日本人ももう少し臨機応変にできれば良いとも思います。「これはできません」的なマニュアル通りの返答には困りますね。日本人は、留学したり起業したりする人が少ないように感じますので、保守的にならず、世界をもっと知った方が良いと思います。

■最近TVやラジオ、新聞などで見た・聞いた日本のニュースは何ですか?

最近では政治や貿易について目にとまることが多いですが、個人的に記憶に残っているのは韓国のキムジャン(冬にキムチを漬け込む行事)が無形文化遺産に登録されたことです。その時は日本の和食も登録されましたよね。同じタイミングで登録されたので、とても嬉しく思いました。

■あなたの「マストビジネスアイテム」を教えてください。

やはりキムチです。なんたって朝、昼、夜と3食食べていますし、自分の分身でもありますから。

日本のキムチは食べやすいですが、本場の味とは違います。このキムチは添加物を使用せず、自社生産の野菜のうま味と発酵調味料が作り出すうま味と辛みがバランスよく漬け込まれたキムチです。日本人向きにアレンジしようかとも思いましたが、やはり故郷の味そのままを伝えたかったので、特にアレンジはしませんでした。

キムチは李さんのパワーの源。輸入している「三口一品」のキムチは、通信販売や都内韓国系スーパーで購入可能

■休みのとりかたは?

起業してまだ1年なので、カレンダー通りには休めませんし、時間があれば事務作業をしています。これは家族にはとても申し訳ないと思っていますが、妻には許してもらっています。少しでも時間のある時は子供を公園に連れて行くことですかね。もっと時間があれば、起業のノウハウを勉強したいです。

■将来の仕事や生活の展望は?

発酵食品は日本の食文化のひとつでもありますよね。キムチも発酵食品として認識されているので、日本人にも合っていると思います。仕事の一環としてだけではなく、文化継承としてのコミュニケーションツールとして、これから3~5年の間にキムチを日本に貢献できるアイテムとして盛り上げていきたい。故郷の味のキムチに誇りを持って、日本人と向き合いたいと思っています。

実は震災の時、妻は妊娠中でした。妻だけ帰すことも考えましたが、妻は「あなたが帰らないなら私も日本にいる」と言ってくれたのです。そして、無事に子供も生まれて、起業してすぐに第二子も生まれました。日本にいる人生の節目に子供を授かったので、家族を疎かにするわけにはいかないです。近場でも良いので旅行や食事に行かれる余裕があればいいですね。