テクノロジーの力によって不動産業界に革新的な変化をもたらそうという「リアルエステート・テック(不動産テック)」という言葉が、金融業界で盛り上がる「フィンテック(金融テック)」と並んで昨年から話題になるようになってきた。

不動産テックとは、これまで不動産会社が管理してきた中古物件の様々な情報をオープン化し、インターネットを通じて一般消費者が自身の物件価値の把握や売買のために有効活用することができるようにしようという動きで、今回取材したヤフーとソニー不動産が共同で運営する「おうちダイレクト」をはじめ、不動産情報サイトのHOME'Sが開始した「PRICE MAP」、求人サービスで知られるリブセンスが開始した「イエシル」など、既に様々なサービスが生まれている。

こうした不動産テックは従来の不動産取引にあるどのような課題を解決し、何を目指しているのか。不動産の個人売買プラットフォーム「おうちダイレクト」をソニー不動産と共同で運営する、ヤフー 不動産本部で「Yahoo!不動産」のサービスマネージャーを務める山口隆志氏に話を伺った。

「Yahoo!不動産」サービスマネージャーの山口隆志氏

2015年11月にサービスインした「おうちダイレクト」は、マンション所有者が自分自身で物件価格を決定して売り出し、購入検討者と直接対話しながら物件を売却することができるサービスだ。売買交渉のサポートや重要事項説明、売買契約や引き渡し時の手続きといった法令で定められている不動産取引業務は、ソニー不動産がサポートするという。そして、マンション所有者が自分の物件価値を把握するために、過去の売買履歴を基にしたビッグデータと、ソニーとソニー不動産が共同開発した機械学習ソリューションによって、物件の資産価値を独自のアルゴリズムで推定する「不動産価格推定エンジン」を提供している。

実際に売り出すことができるマンションは現在のところ東京都23区内に限られているが、不動産価格推定エンジンのデータベースの量は既に1都3県の約5万棟のマンションに及ぶ。

ヤフーとソニー不動産が共同で運営する「おうちダイレクト」

山口氏は、このサービスを生み出した背景について、現在の不動産市場が抱える課題を挙げている。それは、“一度購入した新築物件に一生住み続ける”というライフスタイルそのものに対する疑問だ。

「本来であれば、子どもの成長などライフスタイルの変化に合わせて住み替えていくという選択肢があってもいいはず。しかし、日本では自分の所有する不動産をどのように活用していくのかという点に対するリテラシーが少ないのが現状だ」と山口氏は説明する。

実際に、日本の住宅流通戸数に占める中古物件の割合は、約14.7%。これは、米国と比べると8分の1程度と非常に少ない数字だ。

「日本では人口が減少し、空き家が増加しているのにも関わらず、その住戸活用が米国に比べて進んでいない。都市部における新築マンション建設が土地の枯渇などを背景に限界に達しようとしている中で、このままの状況では不動産市場そのものが減速してしまうという懸念がある」(山口氏)

ではなぜ、私たちは購入したマンションを手放すことができないのか。最も大きなネックは、住み替えに掛かる膨大なコストだ。例えば、売却するために必要な手数料や税金などは、100万円以上掛かる場合があり、それに住宅ローンの残債、新居への引越し費用を加えると、コストは三重構造になる。加えて、不動産会社の査定に基づく肝心の物件売却価格は、提示されても情報不足のためにその良し悪しを判断することができず、結果的にこうしたコストを吸収できない場合が多い。山口氏によると、「おうちダイレクト」はこうした不動産売却時にマンション所有者が感じる不透明感や、コストファットになる構造をテクノロジーによって解決しようと生み出されたのだという。

「もちろん、普通の人は複雑な手続きを代行してくれる不動産会社へ売却することが当たり前だろう。しかし、私たちは従来の方法での売却に(コスト負担などの点で)抵抗があった消費者に新しい選択肢を提供することによって、不動産売買のマーケット全体が拡大し、中古物件の市場そのものが活性化するのではないかと考えている。売買プロセスを見直し、ユーザー自身がDIY的に売却することができる環境を作ることで、売却する人にとっては住み替えるコストの最適化が期待できる。そうすれば、“住み替えたいけれど、動けない”という人々が動き出すのではないか」(山口氏)

しかし、山口氏はこの個人が不動産物件を売却するというスタイルは、従来の不動産業界のエコシステムを駆逐する存在にはならないとしている。あくまでも、これまでどおり“住み続けるか”、“高いコストを掛けて住み替えるか”という2択の間で沈黙していた潜在顧客を呼び覚ますための、有力な“第3の選択肢”を生み出すことを目的としているという。

「このサービスが、従来の不動産売買に取って代わりメジャーな存在になるとは考えていない。しかし、大きな選択肢のひとつになるのではないかと考えている」(山口氏)