マップマッチングの使用を抑えるナビゲーションシステムの作り方

都市の高密度化、屋内駐車場や多層構造の高速道路は、カーナビゲーションシステムにとって重大な障害だ。現在は推測航法とマップマッチングという2つの手法を用いているが、後者を選択した場合はさらに複雑となり、サードパーティのプロバイダーからの地図データに依存しなければならない、という問題が生じる。また、特に密度の高い都市では常に都市改革が行われているため、地図データは絶えず変化する。

この問題に対処するため、マップマッチングに代わる手法として、マルチGNSSレシーバーを使用するという方法がある。マルチGNSSレシーバーは、高精度3D測位を利用して、外部のマップマッチングソフトウェアへの依存度を軽減しながらも、信頼性の高いナビゲーションを提供できる。本稿では、カーナビゲーションシステムのソフトウェア開発要件を簡素化し、開発に必要な時間とコストを削減する、マンハッタンや上海などの測位が難しい地域で実証に成功したマルチGNSS技術について解説する。

通常、ナビゲーションシステムの標準的な「自動車推測航法(ADR)」ソリューションはカスケードで接続され、標準的なGNSSレシーバーでフィルター処理された位置情報を、第2のフィルターで外部センサ(ジャイロスコープ、加速度計、ホイールティック・センサ)のデータで補正する。

注:ホイールティック・センサとは、車輪の移動の正確な速度と距離を測定するエンコーダ。エンコーダの種類によっては、移動の方向も測定可能

これらのフィルターはカルマンフィルター(線形二次推定器(LQE)))型で、ランダム・バリエーションを含む時系列の測定を使用し、未知の変数を推定するアルゴリズムを実装している。リアルタイム・フィルターで現在の状態変数とそのバラつきを推定してから、次の測定を使用して加重平均計算によってこれらの推定値を更新する。

標準的なADRシステムデザインには、2つのカルマンフィルターのカスケード接続により、必然的な累積誤差が発生し、位置精度の劣化につながるという限界がある。したがって、ナビゲーションシステムで累積誤差を補正できるようにするためには、マップマッチングへの依存度を高めざるを得ない。これにより、絶えず変化する外部の地図データへの依存関係が生まれ、さらには、GNSSレシーバと外部のマッピングサービスのインタフェースのためにソフトウェア開発とリソース開発に必要なオーバーヘッドが大きくなる。

これらの問題に対処するため、ユーブロックスは1つのカルマンフィルターにセンサデータを融合する「密結合ADRアルゴリズム」を開発した。4世代の製品にわたって改良されたこのソリューションでは、衛星ナビゲーションデータと個々の車輪の速度、ジャイロスコープ、加速度計の情報を結合している。この統合技術により、推定誤差を最小限に抑え、スイスのトンネル内でもマンハッタンの高層ビル街でも、走行中に高い精度の測位情報を提供できる。この技術では、外部の地図データに依存せず、都市環境でも位置を正確に追跡できるため、マップマッチングへの依存度を低下させることが可能だ。

つまり、ナビゲーションシステムのエンジニアは、マップマッチングの使用を最小限にし、推測航法をナビゲーションシステムに統合するために必要な設計労力を削減することができるということだ。これによって開発コストの削減にもつながるだろう。

単一フィルターを用いたソリューションの実装

ユーブロックスの3D ADRソリューションは、あらゆる道路状況で中断のない測位を提供するため、ADR技術を組み込んだIC「UBX-M8030(2つのAEC Q100認定バージョンで提供)」と、小型モジュール「NEO-M8L」という2つのコンポーネントで提供される。

ライン装着およびアフターマーケットのカーナビゲーションシステム向けに設計されたADRチップとNEO-8MLは、事前の構成がほぼ不要で、初期セットアップ後はキャリブレーションを永続的に保持する。設計に関連するもう1つの大きなメリットは、製品の方向に依存せずに車両内に配置できることで、工場キャリブレーション時または走行中であっても補正が可能であるという部分だ。この単一フィルターの3D ADRソリューションは、測位精度の向上のみならず、設計時間とコストの削減、システムのサイズと複雑さを低減させることが可能だ。

自動キャリブレーション機能搭載のADRチップは、5.5mm×5.5mmx0.59mmと小型で、ホイール・ティック、単軸/3軸ジャイロスコープ、単軸/3軸加速度計など、さまざまなセンサの組み合わせをサポートする。加速度計をサポートしているため、GNSS信号なしでも高度変化時の精度が向上する。

このチップは72チャネルのu-blox M8エンジンをベースとし、初期測位時間はコールドスタートから26秒、そしてホットスタートからは1秒で測定が可能。また、チップはGalileoに対応(E1B/C)しており、外部フラッシュメモリのファームウェアを使用してアップグレードができる。

以下、図1にあるNEO-M8Lは、全地球測位チップに3D加速度計とジャイロスコープを内蔵した初の12.2mm×16.0mmサイズのモジュールとなる。-167dBmという先端のナビゲーション感度を実現し、内蔵の加速度計とジャイロスコープのみで、屋内外を問わず、車両の正確な地理的位置を計算することができる。加速度計とジャイロスコープの統合により、外部コンポーネント数、システムのサイズ、およびBOMコストを最小限に抑えられることができる。

図1:NEO-M8L全地球測位チップ、加速度計、ジャイロスコープを内蔵した初のモジュールとなる

NEO-M8Lのブロック図は、以下の図2となる。

図2:マルチGNSSシステムの同時並行受信を可能にするデュアルRFフロントエンド

NEO-M8モジュールは同時並行受信GNSSレシーバを使用してマルチGNSSシステム(GPS、GLONASS、Galileo対応、BeiDou、QZSSなど)を受信/追跡する。デュアル周波数RFフロントエンド・アーキテクチャであるため、3つの信号のうちの2つを同時に受信して処理することができる。M8レシーバはデフォルトでGPS(SBASとQZSSを含む)とGLONASSを同時並行受信するように構成されており、消費電力を重視する場合は、GPS、GLONASSまたはBeiDouを使用する単一GNSS操作向けにレシーバを構成することが可能だ。

米国のGPSに代わるロシアのGLONASS衛星システムは、GLONASS L1OF衛星信号の受信と追跡が可能で、法的規制に応じて、GLONASSレシーバの設計が行える。このモジュールは、BeiDou Navigation Satellite System(北斗衛星導航系統)によって提供されるB1信号も受信/追跡が可能。BeiDou B1衛星信号の受信/追跡機能とGPSの併用は高いカバー率を誇り、信頼性と精度を向上させることができるだろう。BeiDouは現在、地域展開のみだが、2020年にはグローバル展開を予定しており、Galileo E1B/C信号が利用可能になった場合、SQIフラッシュメモリを装備したNEO-M8Lレシーバはファームウェアのアップデートによってそれらの受信と処理が可能になる。

著者紹介

Florian Bousquet(フロリアン・ブスケ)

u-bloxプロダクト・マーケティング・マネージャー
2014年よりu-blox AGの位置情報製品戦略チームに所属し、民生・産業市場向け製品、特にウェアラブルとテレマティクス・ソリューション製品の開発を担当する。2011年、u-blox AGのEMEA(ヨーロッパ、中東及びアフリカ)のセールスチームに、フィールド・アプリケーション・エンジニアとして入社。
u-blox AG入社以前は、携帯電話の音声回路向けのミクスド・シグナル開発エンジニアとして、NXPとST-Ericssonに在籍した経験を持つ。現在、スイス・チューリッヒに在住。

フランス・ニースのソフィア・アンティポリス大学の理工科学校にて、電気工学の学位を取得。