「『イクメン』提唱者が語る今の"なんちゃってイクメン"に必要なこと」と題した前編では、国内外のワークライフバランス先進企業を研究してきたダイバーシティ・コンサルタントの渥美由喜さんに、育児に取り組む際の夫婦のあり方について聞いた。後編となる今回は、育児をしながら、認知症を患う父親の介護を行っている渥美さんに、引き続き「ダブルケアに取り組むときの夫婦のあり方」について語ってもらった。

ダイバーシティ・コンサルタントの渥美由喜さんに、「ダブルケア」に直面した際の夫婦のあり方について聞いた

育児からのキャリアアップとしての「介護」を

――渥美さんは、育児をしながらお父さまの介護にも取り組まれています。最もつらかったのはどんなことですか? そしてどのように乗り越えていらっしゃいますか?

父が統合失調症を発症したときは、自分に対して罵詈(ばり)雑言を浴びせてきて、尊敬して大好きな父が壊れていくのがつらかったです。そして、報われないのもつらかったですね。自分なりに一生懸命やっていることが評価されないつらさもあります。

育児と介護を急にいっぺんに両立するというのは大変だけど、先に育児を経験していたから乗り越えられたと思います。ライフのキャリアアップと呼んでいるんですけど。自分が親におむつを取り換えてもらっていたというのを、育児によって逆側の立場で追体験していれば、おやじの排せつ介助だってできるんですよ。自分ひとりで大きくなったつもりでいると、親にやってあげているという姿勢になる。恩返しだと思えるからできていると思います。

子どものおむつを替えたことがないと自慢する男がいますが、自分が介護される立場になったとき、絶対におむつを取り換えてもらえないと思います。

――夫婦で介護と育児を両立していくには何が必要ですか

子育てをやってくれたんだから、介護だってやってくれるはずだろう。養ってやっているんだから当たり前だろうと介護を妻に押し付ける短絡的な考えを持った男性がすごく多い。しかし妻にも親はいるし、相手の親の介護なんてねぎらいがあれば成り立ちますが、当たり前だというのは絶対にうまくいかないです。介護をきっかけに離婚する熟年夫婦は増えている。深刻な問題です。

また、特に男性は仕事の感覚で介護をやる人が多くて、それは間違いなく失敗するんですよ。100%全部やってあげようとする。でも、介護される側にとって、全てのことを人にしてもらってありがとうって言わなきゃいけないってすごく無力感にさいなまれるんですね。生きる力を奪うんです。全部やってあげるのではなくて、高齢者に「ありがとう」と言う場面をたくさん作るのが高齢者への最大のリスペクトだと思います。人に感謝されるのが生きる原動力になるからです。

ギブ&テイクの姿勢が大事

――「ダブルケア」の状況では、周囲の協力も欠かせないと思います

ちょっとでも恩を売れる場面があったら、先に恩を売っておくというのがすごく大切。必ず自分に返ってきます。例えば僕は、地域で子ども会を運営しています。たいしたことをやっているわけではないのですが、あの人は地域の子どもたちの面倒をみて偉いと勘違いしてくれている近所の人たちは(笑)、何か困ったことがあると助けてくれるんです。

――例えばどんなことですか?

父が徘徊して困ったときは、地域に包囲網があって助かりました。「お父さん、おばあちゃんちの前にいるけど大丈夫? 」とか、「新聞がたまっているから倒れているのでは? 」などと連絡をくれるんです。近所の目って、都会では人為的に作らないと難しいと思っていたので、菓子折りを持ってあいさつに行って、事情を伝えて携帯電話の番号を伝えておくだけでもそういう風に助けてくれる人はいます。

これは職場でも言えることで、貢献する姿勢がすごく大事だと思います。貢献する姿勢があるからこそ、支援もしてもらえます。私の同僚たちは、自分がつらいときにすごく助けてくれんです。なんでもギブ&テイクですよね。

――親戚同士の連携はどうでしょう?

全員参加で逃げを許さない、できることは全部やるという雰囲気で介護をするという体制をつくることが大切です。

自分が父を邪険にしたら、将来子どもたちから邪険にされるだろうって思ったらそんなことできないですよね。自分の親が、祖父母に対してどういう風に接しているのかというのを、子どもたちは見ています。反対に、祖父母を大切にしていたということを刷り込みできていたら、子どもたちは親を介護するのが当たり前と感じるようになると思います。

大変だ合戦をやめる

――最後に、育児と介護に取り組む夫婦のあり方について教えてください

父の介護が必要になったとき、妻は次男を産んだばかり。育児と介護で夫婦関係は最大の危機を迎え、離婚寸前までいきました。それでもやってこられたのは、そのとき息子の難病が発覚したことがすごく大きかったです。縁あって一緒に暮らしている人はかけがえのない存在で、そういう人たちとの時間もいつまでも続くわけじゃなく、当たり前と思っちゃいけないと2人とも気づけたんです。

さらに介護に直面したとき、「大変だ合戦」をやめたことも大きかったと思います。お互いに、自分が大変だと主張しあうことをやめました。わが家では、「大変だ」という言葉を使うときには必ず相手を主語にしています。そうすると、譲り合う状況が生まれます。 夫婦は一番近い他人というじゃないですか。よほど努力しないと円満な関係は維持できない。妻に対しては「夫を敬いますか」、夫に対しては「妻を愛しますか」と確認する結婚の誓いの言葉がありますが、これは努力し続ける覚悟を問うた言葉だと思っています。愛するっていうことを男性は努力しないと続けられない。女性の場合はリスペクトがなくなっちゃうから、夫にとっては妻を愛し続ける努力だし、妻にとっては夫を敬い続ける努力が必要なんだと思います。

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「イクメン」という言葉の生みの親であり、国内外のワークライフバランス先進企業、約950社を訪問ヒアリングし、企業や自治体のダイバーシティの取り込みをサポートするなど、この分野の第一線で活躍する渥美氏。 プライベートでは、2度の育児休暇を取得し、また子どもの1人は難病のため看護を経験し、認知症と統合失調を患う父親の介護も続ける。さらに自分自身が発達障害であることをカミングアウト。 ダイバーシティ・コンサルタントとしての数多くの事例研究と、自分自身が数々のライフでの困難を乗り越えてきた経験から導き出した実践的な仕事術を紹介する。