【レポート】

小型スペースシャトル「ドリーム・チェイサー」の数奇な運命(後編) - 夢の翼が羽撃く日

1 諦めなければ夢は叶う

 
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米航空宇宙局(NASA)は1月14日、2019年からの2024年までの国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給を任せる企業を選出した。そのうちの1社であるシエラ・ネヴァダは、「ドリーム・チェイサー」と名付けられた、小さなスペース・シャトルのような有翼の宇宙往還機を開発している。

ドリーム・チェイサーは半世紀近くもの長きにわたり、ソヴィエトと米国という2つの大国の中で歴史に翻弄され、轗軻数奇なる運命を歩んできた。

前編ではドリーム・チェイサーの源流となるソヴィエトの宇宙船について、またその後、米国でその成果が生き続けた歴史について紹介した。今回はその子孫であるドリーム・チェイサーが、その名のごとく宇宙飛行という夢に追いつくまでの経緯を見ていきたい。

「ドリーム・チェイサー」補給船の想像図 (C) SNC

国際宇宙ステーションに結合されるドリーム・チェイサーの想像図 (C) SNC

夢のつづき

国際宇宙ステーションからの緊急脱出艇として開発が始まるも、開発費の高さが原因で中止となったHL-20は、意外な形で生き延びることになる。

2005年、NASAはISSへの補給物資や宇宙飛行士の輸送を民間企業に開放する「COTS」(Commercial Orbital Transportation Services)計画を立ち上げた。NASAは1980年代の後半から、宇宙という場所を民間に開放、委託する方針を打ち出し、まずは小型の衛星の打ち上げから始まり、いよいよ補給船や有人宇宙飛行といった分野にまでその手が伸ばされることなった。

NASAは情報提供の依頼書を出し、20社近い企業がそれに応え、提案を出した。NASAの選考によって選ばれた企業には資金提供が受けられ、実際に宇宙船やロケットを造ることができる。

その中に、1997年に設立されたばかりのスペースデヴという会社があった。同社は2005年、ラングレーの格納庫で眠っていたHL-20を発見し、自社の宇宙船として生まれ変わらせることを決めた。同社は「この宇宙船は一度も飛んだことはないが、世界で最も多く試験と調査がなされた宇宙船のひとつである」ことが引き取ることを決めた要因だと語る。

同社はロケットはもっていなかったので、ロッキード・マーティンとパートナーを組み、同社が開発した米国の基幹ロケット「アトラスV」に搭載する形で打ち上げられるように設計を変えた。そして名前も新たに「ドリーム・チェイサー」とした上でNASAのCOTS計画に応募。しかし、落選という結果に終わる。

ちなみに、このとき選ばれた企業はスペースXとオービタルATK(当時はオービタル・サイエンシズ)で、その資金を得て開発したのが、「ドラゴン」補給船と「ファルコン9」ロケット、そして「シグナス」補給船と「アンタリーズ」ロケットだった。両社は2012年から実際に物資補給を担うようになり、現在も続いている。

アトラスVロケットの先端に載せられて打ち上げられるドリーム・チェイサーの想像図 (C) SNC

宇宙を飛ぶドリーム・チェイサーの想像図 (C) SNC

空は飛んだけれど……

ドリーム・チェイサーを擁するスペースデヴはその後、2008年に創設者が亡くなったことを受け、航空宇宙大手のシエラ・ネヴァダに買収される。しかし、シエラ・ネヴァダでもドリーム・チェイサーの開発は継続されることになった。

NASAのCOTS計画はその後、物資の補給と宇宙飛行士の輸送とで計画が分かれ、そして2010年からは、宇宙飛行士の輸送手段である宇宙船やロケットの開発計画「CCDev」(Commercial Crew Development)が始まり、補給船のときと同様に、民間企業に提案が呼びかけられた。

シエラ・ネヴァダは当然、ドリーム・チェイサーをもってこのCCDevに応募した。CCDevには、ボーイングやアライアント・テックシステムズといった大手や名門企業から、名も知られていないような新興企業まで、実に40社近い企業が提案を出した。NASAはラウンド形式で段階を踏んで審査を重ね、応募チームを絞っていった。ドリーム・チェイサーは第3ラウンドまで無事に生き残り、NASAからの資金提供を受けることができた。

2013年8月22日、ドリーム・チェイサーは初の飛行試験を実施した。場所はエドワーズ空軍基地において行われ、ヘリコプターで吊るされた状態で約5kmを飛行し、コンピューターや航法、制御システムなどの確認が行われた。

そして同年10月26日にはヘリコプターから落下させ、単独で滑空飛行する試験に挑んだ。しかし滑走路への進入までは完璧だったものの、着陸寸前に左側の着陸脚が出ないという問題が発生。ドリーム・チェイサーはスペース・シャトルのオービターと同じく、それ単体では動力飛行できないグライダーであるため、着陸をやり直すことができず、そのまま滑走路に左側の翼を擦るような格好で着陸した。ただ、着陸脚が出なかったことを除けば、試験結果は良好だったという。

ヘリコプターに吊るされた状態で行われた飛行試験の様子 (C) SNC

単独で滑空飛行後、滑走路に着陸しようとするドリーム・チェイサーの試験機。しかし左側の着陸脚が出ず、着陸は失敗する。 (C) SNC

第3ラウンドまでの時点で、ドリーム・チェイサーのほかに、ボーイングの宇宙船CST-100「スターライナー」と、スペースXの「ドラゴンV2」が、NASAからの資金を得て開発が進められていた。しかし最終的にNASAが宇宙飛行士の輸送を委託するのは2社で、1社は落選すると見られていた。

そして2014年9月16日、NASAは第4ラウンドとなる新しい計画「CCiCap」の契約先を発表。選ばれたのはCST-100スターライナーとドラゴンV2で、ドリーム・チェイサーは再び落選した。

シエラ・ネヴァダはドリーム・チェイサーをどうするのか、その動向に注目されたが、同社はドリーム・チェイサーの開発を独自に続けることを表明する。

同社はCCiCapで敗れる前から、日本やドイツの宇宙機関と技術協力の可能性を模索したり、ロケット開発の新興企業などと手を結んだりといった活動を続けており、その延長線上にドリーム・チェイサーが実用化できる可能性に賭けた。2014年9月30日には、ドリーム・チェイサーを世界各国の政府機関や企業、大学などに提供する「グローバル・プロジェクト」と名付けられた構想を発表した。有人・無人といったことから、ミッション内容を細かく選択することができ、また搭載ロケットの選択も可能だとされた。

何度目かの正直

さらに2015年3月19日、同社は補給船型のドリーム・チェイサーの構想を発表した。

実はその前年の2月、NASAはISSへの物資補給で、新しい契約を出すことを発表していた。NASAはスペースXとオービタルATKと契約し、2012年から両社にISSへの物資補給を担わせているが、この契約は2016年までと定められていた。そして2017年以降は再び、新たに業者選定を行い、改めて契約を結ぶことになっていた。シエラ・ネヴァダはこの新しい契約(CRS-2と呼ばれる)に、補給船型のドリーム・チェイサーを売り込んだ。

このCRS-2の契約をめぐっては、第1期に引き続きスペースXとオービタルATKももちろん参加。さらに航空宇宙大手のボーイングとロッキード・マーティンも名乗りを挙げていた。

このCRS-2の選定は難航し、当初2015年4月に発表される予定が、今年1月まで遅れることになった。その間にボーイングは自ら撤退、ロッキード・マーティンはNASAの審査から脱落したとされ、最終的にはスペースXとオービタルATK、そしてシエラ・ネヴァダの戦いとなった。専門紙などの予測では、選ばれるのはこのうち2社になるだろうとされ、そしてやはり今現在も補給ミッションを続けているスペースXとオービタルATKが勝者になるのではとの見方が濃厚だった。

しかし大方の予想に反して、NASAは1月14日、CRS-2にスペースXとオービタルATKと共に、シエラ・ネヴァダのドリーム・チェイサーを選んだことを発表した。ドリーム・チェイサーが追い続けてきた宇宙飛行という夢が、ついに叶う可能性が出てきたのである。

補給船型のドリーム・チェイサーの想像図 (C) SNC

着陸後、ISSから持ち帰った物資の搬出を行う補給船型のドリーム・チェイサーの想像図 (C) SNC

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インデックス

目次
(1) 諦めなければ夢は叶う
(2) ドリーム・チェイサーを選んだNASAの意図とは
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