【インタビュー】

「蒙古タンメン中本」白根誠社長に聞く"幻の味"が復活するまで - 「二度と食べられないなら俺が継ぐ」(前編)

1 辛いものが苦手だったのに気づけば20年通っていた

遠藤摩利江  [2016/01/08]
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店が閉店し二度と食べられない「幻の味」となってから、一人の後継者の努力によって復活し、現在広く親しまれているラーメンがある。辛うまラーメンの代表格「蒙古タンメン中本」だ。現在東京・神奈川・埼玉に16店舗を構える同店は、激辛イベントの多くにその名を連ね、開店から15年経った今でも各店舗には行列が絶えない。また、セブン&アイ・ホールディングス・日清食品と製造し誕生したカップ麺は、2008年の発売から7年が経つものの、今でも人気商品だ。

「蒙古タンメン中本」二代目店主の白根誠氏

Web上にはファンサイトも存在し、ツイッターなどのSNSに「中本を食べた」と投稿する人も多く、先日にはジャネット・ジャクソンの来店がにわかに話題になった。店舗数も決して多くはない、関東にしか店舗が無い同店がこれほど認知と支持を得ているのはなぜだろうか。

中本の"二代目店主"である白根誠氏は、「すべては"人対人"でここまできた」と語る。

一度消えてしまった味がいかにして復活したのか。また、一口食べれば汗が吹き出るほど辛いのに、何度も食べたくなってしまう"辛うま"の秘訣とは何か。そこには、真っ赤に燃える"ラーメン愛"と"人間愛"があった。

――今日はよろしくお願いします。
はい、何でもどんどん聞いてくださいね!

――ありがとうございます。では、Webサイトや店舗の漫画を読んで知っている方もいると思うのですが、初めての方にも向けて中本のこれまでについて教えていただけますでしょうか?
中本との出会いは35年くらい前になります。今55歳ですから、ハタチの頃です。上板橋(東京都板橋区)で先代のおやじさんがやってた「中国料理 中本」。そこに、友達にだまされて行ったようなものですね。俺は風邪気味だったんだけど「辛くてうまいよ」「食えば一発で治るよ」って言われて食べてみた。

その時は「味噌タンメン」っていう初心者向けのメニュー(現在の辛さで言うと「レベル3」)と、若くてがっついてたので「定食」頼んで、定食のご飯とマーボーを食べた瞬間に頭からボーンと爆発した感じだった。「何だこの辛さは!!」って。

何だこの辛さは……

酒は飲むけどどっちかって言うと甘党だったし、辛いのはもともと苦手だったのでとにかく「すげぇな」と……。食べ物じゃないと思ったよね。その当時そんなラーメン無かったからすごい衝撃でしたよ。俺は真っ赤になって、「北極」(辛さレベル10)なんかいつになったら食べられるのかなって思ったよね。

昔だから店内にはクーラーも無いし、きれいってわけでもないし、町の中華料理屋さんって感じだった。でも友達は結構ハマってて、他にお客さんもいっぱいいた。当時からにぎわってたんです。

メニューには辛いもの以外にも炒飯、ギョーザ、レバニラ炒めとかあったんだけれど、先代も辛いものが好きだからってどんどん辛いラーメンを作ってたら結局そっちばっかり出るようになったんだって。そうすると辛いもの以外は自然と無くなっちゃったとおやじさんは言ってました。俺が行き始めた時はもう既にやってなかった。先代が30年店をやっていたうちの、俺はだいたい20年を通ったんだよね。

――1日2食を中本で食べていたこともあったと聞きました。
そう、1日2食の時も、ほぼ毎日通ってた時期もあった。昼飯晩飯、俺すごい量を食べる方だから一回に2人前頼んでたりしましたね。最初は辛くてとても食べられないと思ったのに。

――なぜそんなに通いつめるほどの魅力を感じたのでしょうか。マイナスイメージからのスタートでしたよね?
一回目は、もう辛くてね……。でも俺たちの世代はじいさんばあさんから「食べ物は粗末にするな!」と言われて育ったから、食べ物を絶対に残しちゃいけなかった。今の人たちだったらラーメンは気軽な食べ物だよね。でも、当時の俺に関して言うと、お金が無くて、貧乏でハタチのぺーぺーで。だから、ラーメンだって今で言う焼肉とかおしゃれなイタリアン行くようなごちそうだったんだよ。だから残せないというより「残さない」。

スープだって今の人は、ほとんど残すよね。俺も今では年齢と塩分を考えて飲めない時もあるけど、当時だったらもう、1滴残らず全部飲んで「ごちそうさま」だった。

それが中本の初回はできなかった。初めて外食で残して頭にきて、友達に「なんでこんな辛いものを食べさせるんだ!」って口げんかをしました。ただ、見渡すとお客さんがいっぱい入ってて、その友達も「うめぇうめぇ」って食べるわけ。だからやっぱり何かあるのかなって。ほんと、「すっげぇラーメンだったな~」ってインパクトがあったんですね。

初めて食べたのは辛さレベル3の「味噌タンメン」(780円・税込)

そのまま何も無かったらその1回きりだったかもしれないんだけど、友達が「もう1回行こう」って誘ってくれたから、「じゃあ行ってみるか」って。辛いのは分かってたから気合入れて行ったけど、2回目も完食できなかった。でも3回目は俺から行こうって言いました。初めて完食したのは3回目ですね。結構辛いもの食べるとウルウル涙が出ちゃうんだけどスープまで飲んじゃって。そこから、どんどんどんどんはまっていったんですね。

――そこで達成感みたいなものがあったと……。
達成感というよりは「何か辛いんだけどやめられない。うまーい!」っていうのが分かったのかな。うちのラーメンは「辛い・激辛」って言われるけど、そこにはバランスが必要。旨味とかコクが無かったら、辛さは痛いだけなんです。"うまい"と"辛い"の両方ともちょうどバランスが良くないといけないし、それが当時から既にできてたんだろうね。そこからハマっちゃった。

――旨味が実感として身に落ちた時に、通いつめるまでの道ができたんですね。
20年近く通ったうち最初の5、6年は味噌タンメンを食べてました。今は初めて来た人にすすめてるやつ。ラーメンの辛さのレベルを徐々に上げていって全部制覇した後は、注文の時いつも迷うようになって。「せっかく中本来たから何食べようかな~。『冷し味噌ラーメン(以下「冷し味噌」)』にしようか『蒙古タンメン』にしようか『味噌タンメン』にしようか『冷し味噌』と『冷しラーメン(現在は冷し醤油タンメン)』両方でもいいな~」って悩んで、注文後にころころ変えたりしてました。

まず冷し味噌頼んでしばらくしてから、やっぱり蒙古タンメン全部大盛でー! って。さすがに3回注文を変えた時は先代も嫌な顔していてね、そこから変えるんだったらどちらも食べちゃえ! って2杯頼むようになりました。たまにアルバイトのおばちゃんが2杯俺のところに持ってきて、「あれ? 注文間違えたかな?」って戸惑ってると先代が、「いいんだいいんだ、そこのお客さんいつも2杯食うからさ」って言ってくれたりね。

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インデックス

目次
(1) 辛いものが苦手だったのに気づけば20年通っていた
(2) 断られた弟子入りからの新店オープン「やっぱり中本しか無いよ」

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