一方、数理技術の取り組みとしては、国立情報学研究所による「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトが挙げられよう。富士通は2012年9月から数学チームとして参加。同社独自の数式処理を用いた「QE(Quantifier Elimination)推論技術」を活用し、2021年の東京大学入試突破を目指している。今年は、進研模試総合学力テーマ模試の数学において、偏差値64以上を獲得。今後、知識の拡充や、構文・文脈解析の自動化を進めていくという。

また、シンガポールにおける取り組みでは、大規模イベントが終了した際の交通混雑緩和のために、近隣商業施設のクーポンなどのインセンティブを与えることで、人々が移動を開始する時間をずらしたりして、交通手段を変える確率をモデル化。さらに、福岡空港における九州大学との共同研究では、人の行動や心理をモデル化し、混雑緩和やセキュリティ強化につなげたり、人員配置を見直したりすることで、旅客満足度向上に役立てる「ソーシャルシステムデザイン数理技術」の実現に取り組んでいる。

同社が取り組んでいる津波の浸水予測も、数理技術を活用したものであり、即時波源推定から2分以内に津波の浸水を予測できるという。

学習技術、知識技術でもすでに成果が

そのほか、学習技術では独自のディープラーニング技術を用いた手書き文字認識により、中国語の手書き帳票の処理の効率化を実現。人による認識率を超える96.7%の認識精度を達成したという。さらに、サイバー攻撃の分析に、「外れ構造学習技術」を活用することで、低頻度の攻撃も集団化して検知。従来方法では見つからなかったような先端的なサイバー攻撃を短時間に検知し、新種の攻撃にもいち早く対応できるようになるとのことだ。

さらに、知識技術では、LOD(Linked Open Data)を活用した分析や、コールセンターでの質問応答システムなどへの取り組みがある。橋本氏は、コールセンターの例を挙げて次のように語る。

「コールセンターでは現在、ロボットにも回答しやすい名称、場所、数値などの客観的事実を問う質問はわずか5%にとどまります。その背景には、これらの情報はインターネット検索で入手できるため、コールセンターに問い合わせなくてもいいケースが増えていることがあります。しかしその一方で、行動や提案などを問うような質問が増加し、それらが全体の95%を占めていると言います。用意されている回答だけでなく、準備できていない質問に対しても推論によって適切な回答を行うことが求められているのです。コールセンターへの質問応答システムの導入はハードルが上がったとも言えますが、AIの活用が期待される業務の1つです」

加えて、先端技術研究では、脳科学への取り組みとして、日米欧でスタートした「ヒトの脳機能の全容解明プロジェクト」に参画。将棋のプロ、アマ上位、アマ下位の人たちの脳の使い方をもとに、複雑なトラブルシューテイングに専門家の「ひらめき」が必須であることをつきとめた。

共創を軸に展開するAI活用コンサルティング部

富士通は2015年11月1日付けで、AI活用コンサルティング部を新設した。全社では研究者、技術者、キュレーターなど約200人体制で構成。同社が開発したAI技術を、製品やサービスへ実装するとともに、顧客との共創によってイノベーションを創出することになるという。

同社は今年春、富士通研究所内にAI関連の研究を行う「知識情報処理研究所」を新設。研究体制の強化を図っていたが、今回のAI活用コンサルティング部により、事業化フェーズに強力に踏み出すことになる。

「当社が提供するAIコンサルティングサービスは、製品やサービスをパッケージとして提供するのではなく、AI適用に関する検討を、仮説立案段階から、お客さまと共に行い、さらに、PoC(Proof of Concept)、PoB(Proof of Business)を通じて、お客さまが提供する新製品やサービスの創造、既存業務の改革を実現していくものになります。AIを使うことがゴールではなく、それを活用した成果を求めていく点にこだわっているのです」と、橋本氏は語る。

実は、第3次AIブームを迎えるなかで、AIに対して、あまりにも過大な期待が高まっていることへの懸念が指摘されている。

橋本氏は、「AIは万能であり、必ず答えを導き出してくれるという誤解があるのも事実」と前置きしたうえで、「AIを導入したからといって、すぐに新たな製品やサービスを創出してくれたり、劇的な業務改革が実現されたりするわけではありません。だからこそ、お客さまと一緒になって、仮説立案から共創し、AI活用の検討を進めていくことになります」と説明する。

2018年度までに累計500億円を目指す

富士通では、AI技術の活用に向けた仕組みの提案にも余念がない。

同社のデジタルビジネスプラットフォーム「MetaArc」において、近い将来、Zinraiをサービスとして提供。そのほか、同社およびグループ会社などが提供する製品、サービスにおいてもZinraiを提供し、これを活用した製品、サービス、アプリケーションには、「Powered by Zinrai」と表記することになる。

第1弾の製品として、ビッグデータソリューション「ODMA予兆管理 Powered by Zinrai」を開発中。機械学習により、いつもの状態をモデル化。それとは異なる振る舞いがあった場合を検知して、異常の予兆を監視する。工場やプラントなどの設備保全を自律化し、継続的な運用を実現することにつなげるという。 

富士通では、Zinrai関連ソリューションにおいて、2018年度までの累計で500億円の売上高を目指す。 「規模として大きいか、小さいかは見方によって変わるでしょう。しかし、大切なのは、お客さまと共創しながら、Zinraiを幅広い製品、サービスへと実装していくこと。人を中心としたAIの提案にこだわっていきたい」とする。富士通は、地に足の着いたAIビジネスを指向していく考えだ。