今年でデビュー20周年を迎えたイラストレーター/漫画家の安倍吉俊さん。細やかな筆致で、印象的な瞳を持つ少女たちを描き出すことで知られる安倍さんだが、実はそのキャリアのかなり早い段階、いわばデジタル制作環境の黎明期から、PCを用いた作画を行ってきた。

また、iPadやiPhoneなどのApple製品をはじめ、気になる新製品はいち早く入手し、自身の制作に生かすなど、制作スタイルを日々更新されている"新しい物好き"の一面も。近々では、Appleの新作タブレット「iPad Pro」と、専用スタイラスペン「Apple Pencil」を発売直後に購入している。

安倍吉俊さんがiPad Proを初めて本格的に触る瞬間に密着し、そのファーストインプレッションを聞いていく

Apple初のスタイラスペン「Apple Pencil」は、イラストを仕事にしている人から趣味として取り組んでいる人まで、広く絵を描いている人の間で「新たな描画ツールの決定版が到来したのでは」と話題になった。では、画業を営んでいる安倍さんにとって、これらの新ツールは"使える"モノになっているのだろうか。

本稿では安倍さんのiPad Pro&Apple Pencilのファーストタッチに密着し、その率直な所感をお届けする。


イラストレーター/キャラクターデザイナー/漫画家・安倍吉俊
東京藝術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻日本画科修了。1994年講談社アフタヌーン四季賞準入選。多彩な分野で活躍しており、主な作品は以下の通り。『serial experiments lain』キャラクターデザイン原案、『NieA_7』原作、キャラクターデザイン、漫画『灰羽連盟』原作、脚本、キャラクターデザイン、『TEXHNOLYZE』キャラクターデザイン原案、小説『All You Need is Kill』『ネガティヴハッピー・チェーンソーエッヂ』『フェノメノ』イラスト、画集『An omnipresence in wired 「lain」』(ソニーマガジンズ)、改編版『yoshitoshi ABe lain illustrations』『垓層宮』(ワニマガジン社)、漫画『ニアアンダーセブン』『回螺』『リューシカ・リューシカ』など。(アイコン製作 : @Yukaly)


安倍吉俊はなぜiPad Proを買ったのか

安倍さんの現在の作業環境は、入力ハードウェアが液晶ペンタブレット「Cintiq 24HD」、描画ソフトは「CLIP STUDIO PAINT EX」と「Adobe Photoshop CC」。漫画制作はフルデジタル、イラストは線画を紙に鉛筆で描いてスキャンし、着彩はデジタルで行っているそうだ。

では、Apple PencilとiPad Proを描画のどの部分から使うかというと、「現状はスケッチやラフ描画に使えればと思っています」とのこと。「納品するイラストは商品なので、もちろんベストな状態で仕上げる必要があります。なので、液晶ペンタブレットで仕上げる前段階の部分を、どこまで"任せられる"かだと思っています」と語っていた。

iPad Proの第一印象は?

iPad Proは発売と同時に注文したものの、仕事の関係やApple Pencilの出荷遅延で本格的に試すのが遅くなってしまったという安倍さん。実際の取材では、3種類の描画アプリ(公式メモアプリの試し書きは除く)を通してタッチアンドトライを実施したが、まずは一通りのファーストタッチを行ってみた安倍さんが感じた、iPad ProとApple Pencilに関する感想に迫っていく。

――新たな描画デバイスとして注目されている「Apple Pencil」、第一印象はどうでしたか?

期待通り、操作性はとても良かったです。これまで、いくつもタブレット端末の入力ペンを使ってきましたが、その中でも群を抜いています。

――「Appele Pencil」は一般的なスタイラスペンよりかなり細身ですが、「ペン」としての触りごこちについて教えてください。

ペン軸は、見た目で思ったよりは滑らずに持てました。ただ、長時間使うとなるとやはり素材の固さが気になりそうですね。

今回の作業時間(2時間弱)では気になりませんでしたが、本格的に使い込むとなると、やわらかさ・太さのあるグリップがほしいかもしれません。

また、マイナビニュースではないところで、「Apple Pencilは重心を工夫しているので、軸が丸いが机から落ちて転がっていかない」というレビューがあって真偽が気になっていたので、作業の合間にほんの少し転がしてみました。確かに重心がずらされてはいましたが、そうはいってもやはりある程度は転がりますね。

――続いて、描いてみた時の操作感をお話いただけますか。

ガラス面に固いペン先で描いているため、画面にペン先がカツンと当たった時に摩擦がなく、わずかながら絶対に滑ってしまうのが気になりました。この滑りのために、線のはじまりが意図したところとずれてしまうので…。逆に、普段スケッチや下絵を紙に描く時は摩擦でペン先がしっかりと止まってくれていたのだという発見でもありました。サードパーティーからでも、摩擦係数が少し高い、ひっかかりのあるフィルムおよびペン先がリリースされることを願っています。

そのほかだと、ハードウェアの思想のためか描画中にカーソルが表示されず、ペンや消しゴムの「太さ」が見て分からないのはストレスになりました。塗る・消す動作の時は、範囲を把握して操作したいですね。

――その他、ハードウェアとして気になった部分は?

Apple PencilをiPad Pro本体と一緒に携帯するための仕組みは、絶対に必要だと思います。現状はそういった工夫がないので、別々に持ち歩くしかないです。

付属品ではないので本体に収納スペースを設けるのは無理だと思いますが、例えばキーボードカバーの方に増設するですとか、どこかに入れられるようにしてほしいですね。ペンを忘れてきてしまったら元も子もないので…。

この不便を改善するために、ペンが収納できるケースを買う予定です。トリニティのものはiPad Proを画板のように使えるらしいので、楽しみにしています。

安倍さんがこれ以前から所有している「VAIO Z Canvas」には本体収納型のスタンドがついており、角度がつけられるようになっていた。一方、iPad Proの純正キーボードカバーはカバーの溝に立てかけキーボードの奥に固定する仕様なので、描画のために角度をつけるような使い方は難しかった

また、iPad proが絵を描く事を想定しているデバイスのはずなのに、純正のカバーがそれに対応したつくりになっていなかったのは残念でした。カバーで角度をつけて描くと、「画面に手を置き、ペンで筆圧をかけて描く」ということに耐えられず、本体が滑ってしまいました。

机がない時は、本体重量が重たいこともあって座って膝に乗せて描く事になると思いますが、形状からして手で持って固定しづらいと感じます。個人的には本体のどこかにグリップがほしいので、ペンが収納できてグリップとして使えるようなパーツをつけられたらとも思っています。

次のページからは、iPad Pro対応の描画アプリを3種試した結果をひとつずつレポートする。