【インタビュー】

憧れの人と仕事をするには? – ミュージシャン・西寺郷太さんの働き方

1 「自分のできること」をしっかりと

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少年隊の錦織一清さんがプロデュースし、2016年1月から神奈川芸術劇場で幕を上げる「A New Musical『JAM TOWN』」。2014年末にトライアウト公演を行い、観客の意見を本公演に活かすなど、「横浜を舞台にした新たな和製ミュージカル」として意欲的な試みを行っているという。

その音楽を手掛ける西寺郷太さんは、バンド『NONA REEVES』のシンガーとしての活躍に加え、ずっと好きだったアイドルの音楽プロデューサー、80年代音楽研究家など、昔から好きな分野を次々と自分のキャリアにつなげている。一体どのような働き方をしてきたのか、話を伺った。

西寺郷太
1973年東京生まれ東京育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド『NONA REEVES』のシンガーとして、97年デビュー。音楽プロデューサー、作詞作曲家として少年隊、SMAP、V6、KAT-TUN、岡村靖幸、中島美嘉、TheGospellersなど多くの作品に関わる。「マイケル・ジャクソン研究家」とも呼ばれ、80年代音楽の伝承者として執筆した書籍はベストセラーに。最新著書に、小説『噂のメロディー・メイカー』(扶桑社)

憧れの人との仕事

――西寺さんは、「A New Musical『JAM TOWN』」の音楽を手掛けられるということで、本公演より一足お先に、「A New Musical JAM TOWN The LIVE」にもご出演されていましたが、この企画はかなり前から準備が進められていたそうですね

2、3年くらい前からですね。連絡が初めて来たのは2013年でした。準備が始まったころに、「ストーリーももちろん重要だけど、いい音楽がないとダメなんだ」「お前一曲作ってこいよ、お前が一曲つくらないと、はじまんないぞ」と錦織さんから割と乱暴に言われて(笑)。それで2014年の1月に「FIRE!」って曲を作りました。この前のライブでも最後に歌った曲なんですけどね。

演劇の世界って、役者さんのスケジュールもあるし、かなり早くから準備するものも多いですよね。それに、このミュージカルはまったくの新作なので、ゼロから作るには、これくらいの時間かかるんだなと実感しています。

――西寺さんは、もともと少年隊、そして錦織さんのファンだったそうですね

最初の出会いは、ミュージシャンとして同期のクラムボン・原田郁子ちゃんのラジオに出たときに、子供のころから好きだった少年隊の「ストライプ・ブルー」をかけてもらって、収録が終わってスタジオを出たら偶然錦織さんがいたというものでした。でも、そのときに「大ファンでした!」って言ったら、スターがファンをあしらう感じで「どうも、ありがとうございます!」って対応されて、僕、めっちゃ怒ったんです(笑)。「僕がどんだけ好きか知ってますか? 小学校のころ、『貯金』って字を習字で書いて入賞しましたよね!」って伝えたら、「気持ち悪い」って言われてしまって(笑)。で、そこから仲良くなりました。

その後も、雑誌で対談の企画があったりして、『プリマヴェラ~灼熱の女神~』(2001年)という曲では作詞をさせてもらうことになったりしました。ずっと憧れの人であり恩人でもありますよね。

好きなものを呼び寄せるコツは

――小学校のころからの憧れの人と仕事ができるってすごいことですよね

それはそうですね。でも僕は、ジャクソン5やジャクソンズが好きで、マイケルが亡くなってからメンバーに出会って仲良くなったこともありまして。ジャクソンズのメンバーに混じってマイケルのパートを歌ったときに、みんながハモってきたという体験を基準にすると、錦織さんはまだ身近な存在って気もしてたりして……(笑)。

――そんなこともあったんですか! そういう好きな人との縁を呼び寄せるのって、何があるんでしょうか

JAM TOWNでご一緒してる藤井さんも昔からファンだったんですね。錦織さんも藤井さんもすごい方で先輩なんですけど、僕にも自分のできることがあって、彼らからただアドバイスをもらっているだけではない。そういうスタンスが楽なんじゃないかとは思いますね

――お互いに得るものがあるということですね

それはもちろん、自分だけがそうというわけではなくって、JAM TOWNに出ている、年齢的には後輩の(松浦)雅ちゃんや、水田(航生)くんにもあって。みんなから学ぶことはあるなと思いますね。

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目次
(1) 「自分のできること」をしっかりと
(2) 少年隊の本を書きたい

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