10月5日から7日(太平洋夏時間)にかけての3日間、米カリフォルニア州ロサンゼルスにあるロサンゼルスコンベンションセンターおよびマイクロソフトシアターにおいて、Adobe Systems主催のクリエイティビティ・カンファレンス「Adobe MAX 2015」が開催された。

今回のAdobe MAXでもさまざまな新しいツールやサービスが発表されたが、これらの新しいアイデアがAdobe社内でどのようにして生み出されているのかという点は興味を惹かれるところである。

Kickboxの参加者に渡される「赤い箱」

そんなAdobeのイノベーションを支える仕組みのひとつに、「Kickebox」と呼ばれるプロジェクトがあるという。カリフォルニア滞在中、このプロジェクトを担当するChief StrategistのMark Randall氏に解説していただく機会を得たため、その内容をお届けしたい。

1000ドルかけて、"優雅に"失敗すること

Mark Randall氏

「Kickbox」はAdobeが社内で実際に実施しているイノベーションを支援するためのプロセスであり、その内容はオープンソース化されて「Adobe Kickbox」として公開されている。Randall氏は、「Kickboxはイノベーションを起こすためのものではなく、イノベーターという人種を育てるためのもの」だと強調している。そして「そのために必要なことは、優雅に失敗すること」だと続ける。

Randall氏はこの「失敗が重要」という点を繰り返し強調した。

「もっと失敗率を増やしたい、というのが私の思いです。難しいことにチャレンジして、失敗しながら進めていくのがいいやり方だからです。ただし、ただ単に失敗するのではなく、うまく失敗して次につなげていかなければいけません」(Randall氏)

Kickboxには、そんな同氏の想いが強く反映されている。Kickboxの参加者は、最初にひとつの「赤い箱」を渡されるという。この「赤い箱」に入っているのは、砂糖(甘い物)とカフェイン(コーヒーのギフトカード)、プロジェクトの進め方などの資料と必要なツール、そして1000ドルがチャージされたプリベイト式クレジットカードだ。

中身は砂糖とカフェイン

プロジェクトの進め方の資料

そして1000ドルのクレジットカード

この1000ドルは、各参加者がアイデアを実現するための資金として、たとえばプロトタイプの作成やテストなどに使われる。この1000ドルを使うのに、上司の承認は必要ない。

1000ドルを渡すというアイデアについて、最初は反対されたという。プロジェクトが失敗すれば1000ドルが無駄になるかもしれないし、もしかしたら持ち逃げする人もいるかもしれない。しかしRandall氏はこう反論した。

「確かにそのリスクはあります。でもたった1000ドルですよ。もしその1000ドルを任せられないような人物であれば、最初から雇うべきではないのでは?」

この1000ドルという金額が、参加者をより本気にさせるという。そして真剣に挑戦して、失敗すればいいのだ。

「赤い箱」の6つのステップ

さて、「赤い箱」を受け取った人は、イノベーションを起こすために次の6つのステップをクリアしていくことになる。

イノベーションを起こすための6ステップ

・レベル1: 発端(Inception)

モチベーションを明らかにする。何を目的として、何をしたいのかを明確にする。自分なりの動機があればよく、他人に公開する必要はない。

・レベル2: 概念化(Ideate)

頭の中の漠然としたアイデアを、きちんとした概念としてまとめる。どのように製品化していくかを考える。成功のためには、「観察する」「疑問をもつ」「関連性を明らかにする」「人と人を結びつける」「実験する」という5つの要素が重要だとRandall氏は言う。

・レベル3: 改善(Improve)

アイデアをブラッシュアップする。アイデアを具体的なステートメント(禅ステートメント)としてまとめ、他の人とシェアしてしてフィードバックを得て改良していく。

・レベル4: 調査(Investigate)

アイデアの有効性を、定量的・定性的に調査する。顧客にインタビューして何が求められるのかを確認する。

・レベル5: 反復(Iteration)

実験と検証を繰り返してアイデアを改良していく。どうすればアイデアの価値が高まるのか、どのようなデータが有力なのか、どうすればそのデータを集められるのかなどを突き詰める。

・レベル6: 浸透(Infiltrate)

資金調達を試みる段階。自分のアイデアをどうやってまとめて、誰に説明すればよいかなどを知る。

Kickboxの解説にはこう書かれている。「レベル6に成功すれば予算が付き、失敗すれば次のステップに向けた何かを学ぶ。どちらも勝ちだ」。

「赤い箱」の次のステップに進むと、次に「青い箱」が渡される。この中身はプロジェクトによって異なる。Adobeでは、3年間で1300以上のプロジェクトがKickboxによって実施されたが、そのうち「青い箱」まで進めたのは25個だけだという。

成功のための5つの要素

「赤い箱」の次のステップとして渡される「青い箱」

「赤い箱」は日本の会社にも適用できるか

さて、気になるのはアメリカで生み出されたこの仕組みが、日本の会社でも通用するのかという点である。Randall氏の回答は以下の通りだ。

「このプロセスは自由度が高いものなので、それぞれの文化に合わせて使うことができます。核になる部分は、社員が自分のアイデアを子供のように大切に育ててイノベーターになるということです。Kickboxはそれを支援するため道具として、アメリカ以外の国でも通用するものだと思います」

「Adobe Kickbox」のサイトからは、このプロセスの進め方などに関する詳細な解説や、赤い箱に収めるさまざまなツール、そして赤い箱・青い箱の作り方などを収めたファイル一式をダウンロードすることができる。

したがって、日本のみならず、世界中どの会社でも、「Kickbox」プロジェクトを、すぐにでも始めてみることが可能ということだ。1000ドルの失敗を許容するチャレンジ精神さえあれば。