藤田孝典『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(朝日新聞出版/2015年6月/760円+税)

突然だが、皆さんは自身の老後についてどのようなイメージを抱いているだろうか? 「家族に囲まれながら、退職金と年金で悠々自適な生活を送る」ことをなんとなくイメージしている人もいるかもしれない。かつては、老人と言えばこういったイメージが定番だった。しかし今日の日本では、このような「幸せな老後」を送ることができる老人は残念ながらほんの一握りである。最近は、むしろ貧困によって下流の生活を強いられる老人たちが増えているという。

今回取り上げる『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(藤田孝典/朝日新聞出版/2015年6月/760円+税)は、そんな老人の貧困問題の現状報告と原因分析を行った本である。週刊誌やテレビなどでも「老人の貧困」が特集されることはあるが、本書では当事者の話以外に下流老人の発生パターンや制度の不備・欠陥、日本人の価値観などについてまで広く考察しているので、読めば問題を総合的に理解できるようになる。

下流老人になるのは「自己責任」なのか?

本書では、下流老人を「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」と定義している。「生活保護基準」というのは、憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活」(25条)を送ることができない生活水準のことだ。このような高齢者は日本に600万人から700万人程度いるらしい。

本書でいくつか紹介されている下流老人の例は、いずれも悲惨だ。年金では暮らせないので野草により餓えをしのいで暮らしていた老人、うつ病の娘を支えるために住み慣れた家を処分し医療費を捻出した老夫婦、退職金を大病の高額医療費で使い果たし途方にくれていた元事務職員の老人など、どの例を読んでも人生が悪い方向に悪い方向にと転がっていく様子を見ているようで気落ちせずにはいられない。

これらすべての例に共通するのは、転落して下流化するに至ったことについて、本人の責任とはほとんど考えられないということだ。どの老人も普通に定年まで真面目に仕事をしてきた人たちであり、転落の原因は本人や家族の病気、親の介護といった「不測の事態」にある。中には老後に備えて結構な額の貯蓄をしていたにもかかわらず、下流に転落してしまう人たちもいる。誰でも歳を取れば病気のひとつやふたつはするものだが、そのような不測の事態に個人で万全の準備を行えなかった人たちを「自己責任」とするのは果たして正しいのだろうか。

この点について、筆者は個人の問題ではなく社会の問題であると指摘する。この見方には僕も賛成だ。年金制度や介護保険、生活保護など含めて、福祉のあり方は明らかに時代の変化に適切についてきているとは思えない。時代に合わせたアップデートが必要なのは明らかだろう。

現代の「下流老人」は暗い未来を暗示する

若い世代の人たちにとって、このようなテーマは「他人事」だと感じられるかもしれない。しかし、それはあまり正しくない。今この時点においては他人事であったとしても、人は誰でも歳をとって老人になるのだから、いつかは自分事になる。しかも、今より遥かに状況が悪くなるであろうことは、現在の少子高齢化の進展や経済の停滞を容易に予測できる。

たとえば、このまま少子高齢化が進む限り、年金制度はほぼ確実に立ちゆかなくなる。現時点でも既に「年金では暮らせない」という話が出ているが、僕たちが老人になるころには年金自体もらえるのかどうかわからない。年金があっても暮らしていけないのだから、年金がなければどう足掻いても暮らせるわけがない。晩婚化、非婚化といった家族のあり方についての価値観の変化も、老後には「助けを求める相手がいない」といった結果につながるだろう。人口構成の変化や家族観の変化と真摯に向き合い制度を抜本的にアップデートしない限り、残念ながら未来は暗いと言わざるをえない。

最大の対策は制度を知ることと

本書では、「下流老人」に転落しないために個人として取れる対策もいくつか提言されている。

誰もがまっさきに思いつくのが「貯金」だろう。もっとも、それを極端に推し進めた結果が若者の消費の停滞、経済の低迷につながっていることも考えると、貯金だけでは本質的な解決にはならないことがわかる。本書でも貯金については少しだけ振れられているが、これについては各自ができる範囲で行うしかない。

誰にでも実行可能で確実にすべきなことは、制度を正確に知ることだ。いざ下流老人に転落してしまった場合、生活保護などのセーフティネットを活用することは立ち直るために必要不可欠である。しかし、現実には無理解が横行している。たとえば、生活保護については不正受給者などの問題ばかりが取り上げられ、実際に受けるべき人が受けられていないといった捕捉率の問題についてはほとんど紹介されることがない。高額療養費制度があることを知らずに、高額な医療費を払ったことがきっかけで下流に転落する老人もいる。

制度を正しく知ることは、対策になるだけでなく問題を考えるための第一歩にもなる。本書をきっかけに、社会福祉のあり方をぜひ考えてみてほしい。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。