エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル『How Google Works』(日本経済新聞社/2014年10月/1,800円+税)

グーグルが歴史に残るイノベーティブな企業であることは間違いない。ここ15年ぐらいの間に、グーグルが僕たちの生活に与えた影響はあまりにも大きい。検索エンジン、Gmail、Googleマップ、Google Chrome、Androidなどなど、僕たちの周りにはグーグルのプロダクトが溢れており多くの人たちがそれを長時間使い続けている。仮にグーグルのプロダクトが一切存在しなかったとしたら、僕たちの生活はおそろしく不便なものになるだろう。今やグーグルのプロダクト群は人々の生活の一部として浸透しており、「そこにあるのがあたりまえ」なレベルにまでなりつつある。

このように数々のイノベーティブなプロダクトを生み出し続けてきたグーグルが、従来型の企業とは違った新しい働き方やマネジメントの方法を採用しているという話は過去に様々なメディアで取り上げられてきた。たとえば、従業員全員のランチが無料であるとか、オフィスにビリヤード台が設置されているらしいといった話は誰でも一度はどこかで聞いたことがあるだろう。

最近はこういった話題性のある福利厚生を部分的に真似ている企業も少なくないが、当然ながらそれだけではイノベーティブなプロダクトを生み出せるようにはならない。無料のランチやビリヤード台といった話題性のある福利厚生はあくまで表面的なものに過ぎず、グーグルの働き方やマネジメントの本質ではない。

今回取り上げる『How Google Works (ハウ・グーグル・ワークス)』(エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル/日本経済新聞社/2014年10月/1,800円+税)は、そんなグーグルのイノベーションの源泉である働き方とマネジメントについて書かれたものだ。著者はグーグル現会長(前CEO)のエリック・シュミットと、前プロダクト担当シニア・バイスプレジデントのジョナサン・ローゼンバーグ。グーグルについての本は既に多数出版されているが、本書はグーグルの成長に自ら貢献し、それを最前線で体感してきた人たちによるものであるという点でより本質に迫っていると言える。

スマート・クリエイティブを惹きつけ、最高のパフォーマンスを発揮させる

グーグルが成長しつづけるために採用している方法は、ある意味では非常にシンプルだ。キーとなるのは「スマート・クリエイティブ」と呼ばれる新種の知的労働者である。現代において、ビジネスの成功・不成功は最高のプロダクトを生み出し続ける能力を保持しているか否かにかかっている。その能力を手に入れるためには、スマート・クリエイティブを惹きつけ、彼らが偉業を成し遂げられるような環境を作り出す以外に方法はない。よく話題に上がる無料ランチなどの福利厚生も、フラットな組織構造も、おもちゃ箱みたいな設計のオフィスを採用しているのも、すべてはスマート・クリエイティブを惹きつけ、最高のパフォーマンスを発揮してもらう環境構築のためである。

では、この「スマート・クリエイティブ」と呼ばれる人たちは具体的にはどのような人たちなのだろうか。本書では、数ページに渡ってスマートクリエイティブの特徴が列挙されているが、すべてのスマート・クリエイティブに共通するのは、ビジネスセンス、専門知識、クリエイティブなエネルギー、自分で手を動かして業務を遂行しようとする姿勢を保持していることだという。

これは従来の優秀な知的労働者とは要件がだいぶ違う。たとえばMBAホルダーや弁護士などの難関資格取得者は従来型の尺度にあてれば十分優秀な知的労働者ということになるはずだが、スマート・クリエイティブかというと必ずしもそうではない。スマート・クリエイティブのマネジメントには、従来型の経営モデルは適用できない。無理に適用しようとすればスマート・クリエイティブは十分に能力を発揮できなくなってしまうだろう。

自分の会社と比較してみる

本書は、成長しているベンチャー企業の発達過程をたどるような構成になっている。まず最高のスマート・クリエイティブを惹きつけるための、企業文化から出発する。次に戦略、採用、意思決定、コミュニケーションと進み、最終章はイノベーションについて書かれている。これから自分の事業をやってみようという人にとって、これほど魅力的な構成はないだろう。必要なものはほとんど詰まっていると言ってよい。

もちろん、本書は特に自分で事業をやりたいと思っていない人にとってもおすすめできる。たとえば、本書でグーグルの働き方やマネジメント方法を読みながら、自分が今働いている会社のやり方と比べてみるのは面白いと思う。ほとんどの人は、自分の会社のやり方の多くが本書で紹介されるバッドパターンに当てはまることに気づき愕然とするはずだ。それを知ったうえで変革のために立ち上がるのか、あるいは転職を決意するのかは読んだ方にお任せしたいが、いずれにせよ他の会社を通して自分の会社のあり方を考えるのは意味がある。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。