"女性特有のがん"ともいわれる乳がん・卵巣がんは、生死を左右する重大な病気です。今、日本では、新規乳がん患者は年に約6万人、新規卵巣がん患者は年に約9,000人いるとされています。そして、乳がん・卵巣がんのうち5~10%程度は、遺伝性であると考えられていることをご存じでしょうか? その中でも特に多いのが「遺伝性乳がん・卵巣がん」と呼ばれる病気です。

遺伝性乳がん・卵巣がんとは?

遺伝性乳がん・卵巣がんは、BRCA1遺伝子、BRCA2遺伝子という2つの遺伝子のどちらかが生まれつき持っている変異が原因で、高い確率で乳がんや卵巣がんを発症する病気です。BRCA1遺伝子あるいはBRCA2遺伝子の変異が親から子へ受け継がれる確率は、性別に関わらず約50%とされており、必ず遺伝するというわけではありません。

以下のような場合、遺伝性乳がんが疑われます。

・若年発症性乳がん(50歳以下が目安。浸潤性および非浸潤性乳管がんを含む)
「浸潤性乳管がん」とは、がん細胞が乳管の外まで広がっているもの、「非浸潤性乳管がん」とは、がん細胞が乳管の中にとどまっているものを指します。

・トリプルネガティブ(ER陰性、PgR陰性、HER2陰性)乳がん
「トリプルネガティブ乳がん」とは、ホルモン療法の対象となる「エストロゲン受容体(ER)」「プロゲステロン受容体(PgR)」、分子標的薬(抗がん剤)が使用できる「HER2受容体」という3つの因子とは関係せずに発症する乳がんのこと。

・同一患者における2つの原発乳がん(両側性あるいは同側の明らかに別の複数の原発がんを含む)

・年齢にかかわらず以下の乳がん患者
(1)50歳以下の乳がんに罹患(りかん)した近親者(第1~3度近親者)が1人以上
(2)上皮性卵巣がんに罹患した近親者が1人以上
(3)乳がんおよび/あるいは膵(すい)がんの近親者が2人以上

・乳がんと以下の1つ以上の悪性疾患(特に若年発症)を併発している家族がいる乳がん患者
膵がん、前立腺がん: 肉腫、副腎皮質がん、脳腫瘍、子宮内膜がん、白血病/リンパ腫: 甲状腺がん、皮膚症状、大頭症、消化管の過誤腫: びまん性胃がん

・卵巣がん/卵管がん/原発性腹膜がん

・男性乳がん

参考: 日本乳癌(がん)学会ホームページ

ただし、以上のいずれかに当てはまる場合でも、専門的な評価によって遺伝性乳がんではないと判断される場合もあります。

遺伝子検査で発症リスクがわかる!?

まだ乳がんや卵巣がんを発症していなくても、遺伝子検査でBRCA1遺伝子、あるいはBRCA2遺伝子に変異があるかどうかを調べることは可能です。検査は、採血した血液を調べるという方法で行われます。遺伝子に変異があるからといって必ずがんを発症するわけではなく、発症時期を特定できるものではありません。ただし、検査によって乳がんや卵巣がんを発症しやすいとわかれば、こまめに検診を受け、早い段階でがんを発見し、治療を始めることができるでしょう。

予防のための乳房切除、卵巣摘出という選択肢も

欧米では、遺伝子検査の結果が陽性だった場合、こまめに検診を受けるほかに、さらに積極的な対策がとられるケースも増えているようです。予防のための薬の服用や、切除・摘出手術といった対策です。その一例として、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが、遺伝子検査の結果を受けて予防のための手術を行ったことが日本でも話題になりました。アンジェリーナさんは、がんを発症していない両乳房を切除し、乳房再建(手術で乳房のふくらみや形を回復させること)を行った後で、時期を置いてから卵巣・卵管を摘出したといわれています。

日本では、予防のための手術はほとんど行われていません。遺伝子検査も、「デュシェンヌ型筋ジストロフィー症」や「脊髄性筋萎縮症」など特定の疾患に対して、または一部の抗がん剤によるオーダーメイド治療のために検査するときは保険が適用となりますが、それ以外は自費になることがほとんどです。また、検査結果が陽性だった場合、早めに対策がとれるメリットがある一方で、未婚の人の結婚への影響や、社会的な差別を受ける心配も出てきます。

そのため、遺伝子検査を行っている施設では、検査を受けるかどうかを決める前に、専門の医師によるカウンセリングを受けることを勧められるのが一般的です。同じ家系に乳がんや卵巣がんになった人が2人以上いるなど、遺伝性乳がん・卵巣がんのリスクが気になる場合は、まずは遺伝相談外来などでカウンセリングを受けてみるといいかもしれません。

※データは特定非営利活動法人 日本HBOCコンソーシアムのパンフレットを参考にしています
※画像は本文と関係ありません

記事監修: 善方裕美 医師

日本産婦人科学会専門医、日本女性医学会専門医
1993年高知医科大学を卒業。神奈川県横浜市港北区小机にて「よしかた産婦人科・副院長」を務める。また、横浜市立大学産婦人科にて、女性健康外来、成人病予防外来も担当。自身も3人の子どもを持つ現役のワーキング・ママでもある。

主な著書・監修書籍
『マタニティ&ベビーピラティス―ママになってもエクササイズ!(小学館)』
『だって更年期なんだもーん―なんだ、そうだったの?この不調(主婦の友社)』
『0~6歳 はじめての女の子の育児(ナツメ社)』など