アダストリアの直営アパレルECサイト [.st] は、スマートフォンサイトに販促ツール「Flipdesk Recommendation」を導入し、運用開始1週間で配信グループのCV率が約2倍になるという成果を残した。

同ツールの機能により商品をレコメンドすれば売れるという話ではなく、自社ECサイトの目指す方向性を実現するために試行錯誤した施策の1つがこの結果をもたらしたと言える。

同サイトの運営とツール導入の意義について、同社Web営業部 シニアマネージャー 田中順一氏と、Flipdeskの開発元となるSocket 代表取締役の安藤祐輔氏に話をうかがった。

(左)Socket 代表取締役 安藤祐輔氏 (右)アダストリア Web営業部 シニアマネージャー 田中順一氏

ただ買うだけではないECサイトへ

2014年11月、ポイントとトリニティアーツという二社のECサイトを統合・リニューアルする形で [.st] は誕生した。合計18のブランドを取り扱い、男女ともに幅広い年齢層を顧客に持つ大型の自社ECサイトだ。

リニューアルを指揮した田中氏は、「ただ買うだけのECサイトからコミュニティサイトに進化させたいというビジョンがあった」と言う。近年、自社サイトのオウンドメディア化やSNSを使ったコミュニケーションなど、時代の変化と共にオンラインにおけるBtoCのあり方も多様化が進む。特に、スマートフォンが急激に普及したこの数年で、オンラインへの接触はよりパーソナルな性格を強めている。

[.st] スマートフォン最適化サイト イメージ

「目指すビジョンのために、ECサイトが進化しなくてはならない。課題はものすごくたくさんあります。そのための開発はゼロからイチをたくさん作らなくてはならないし、どれもやってみなくては分からない。今回はそのごく一部だと思っています」(田中氏)

同サイトがFlipdesk Recommendationを導入したのには、2つの理由があったという。一つは、ビジョンの実現へ向けた試みの一つとして、お客様に合わせたパーソナルな接客をしたいと考えたこと。もう一つは、買わずに帰ってしまう多くの訪問者に対してコミュニケーションを取ることにより、購買率の底上げを図ることだ。

Flipdesk Recommendationによる商品レコメンドの一例

ECサイトにおける「おすすめ商品の提案」は珍しい手法ではないが、一般的には店舗側がマニュアルで設定したものや、アルゴリズムで推測された関連商品を提示する仕組みであることが多い。だが、田中氏は「そういうマス的な提案はしたくない」という。

安藤氏はその考えを受け、自社開発の販促ツールFlipdeskをベースにレコメンド機能を実装したFlipdesk Recommendationを開発。この機能は、ログインした会員の情報をツール側と紐付け、過去の購入履歴からスタイリングを提案する写真を表示する仕組みとなる。ここで使われるのは、各ブランド実店舗のスタッフが自分たちで撮影したスタイリングの写真だ。

「ショップスタッフに撮影してもらったスタイリング例の写真が財産としてたくさん蓄積されています。それをECサイト上の会員情報と結びつければ新しいコミュニケーションになると思い、そのための機能を開発してもらいました」(田中氏)


数字で語れない部分の必要性

Flipdesk Recommendationを導入したのは、サイトリニューアルから半年ほど経った2015年5月。結果としてコンバージョン率が向上し、ツールの機能により提案されたスタイリングを閲覧される確率も、従来のマス的な提案よりも高いことが分かったが、「すべて費用対効果で考えるのではなく、お客様のためになるという視点でも考える必要がある」と田中氏は言う。

「サイトがこういう提案をすることで、もう一度見に来てもらうきっかけにもなると思うんです。サービスの一環として、あったら便利だろう、喜んでくれるだろうという視点で開発することは必要かなと。数字では語れないところを作りたいと思います」(田中氏)

One to Oneのコミュニケーションを目指すのではなく、「情報の組み合わせから自動的にアウトプットを生成する、汎用性の高いものを仕組みとして作っていくことが重要」(田中氏)なのだという。

安藤氏が提案したFlipdeskは、元々、訪問者の流入元やサイト内の行動を自動的に取得し、条件に応じてクーポンを発行したり、おすすめ商品やキャンペーン情報といったメッセージを発信するなど、サイト上での顧客との接点づくりの機能を持つ。しかし、よりパーソナルな接客を希望する田中氏と検討を重ね、会員の購入履歴を元にレコメンドを表示するFlipdesk Recommendationが新たに開発された。

「他の企業さんからもこの機能に対する要望を頂いていますが、所詮ツールはツールです。EC系のプロジェクトは、最初に課題や目的を明確に共有し、ツールを手段としてとらえて一緒に課題を解決しようという雰囲気で進められると良いですね」(安藤氏)

同氏は以前、EC関連企業に勤めていたこともあり、「お客様に喜んで欲しい」という感覚を運営側と自然に共有する。ツール導入以降も、田中氏と共に定期的に改善のための見直しを実施。さまざまな方法を試した上で振り返って分析し、効果が良かったものはそのポイントを探して特定し、次はそれを進化させていく。

「これを繰り返すことで良い方向に寄せていける」(田中氏)。そこで重要なのは「何をするか」というアイデアの段階であり、ABテストのような細部は最後の詰めであると、二人は口をそろえる。

「色や位置などの改善は効果が出てもすごく小さい。変化の幅が大きいのは、アイデアレベルの改善です。そこで"勝ちパターン"を見つけてから細かい改善をしたほうが、最終的にお客様に喜んでもらえます」(安藤氏)

総合的な経営戦略の中でECの可能性を考える

アダストリアは、Web事業において、モールに出店する店舗に匹敵するほど、自社ECサイトの売上が高い比率を占める。これは、SNSやメールマガジンなども含めたEC上のプロモーションだけでなく、会社側の理解や各ブランドの協力あってのことだと田中氏は語る。

しかし、EC市場が拡大する潮流にあっても「会社の売り上げに占めるECの比率が高くなるほど良いというわけではない」とも考えているそうだ。

「ブランドの規模や性格によって実店舗とECの最適な比率は異なるし、ブランドが成長すればECの役割も変わってきます。変化に対応するために自社サイトを強くしておくことで、開発も含めてひとつの武器になると考えています」(田中氏)

今後は、実店舗とのポイント連動や在庫確認などの仕組みを基盤に、物流や顧客とのコミュニケーションといった「肉付け」もさらに注力していきたいとも語ってくれた。

一貫して "ただのECサイトではない" 姿を模索しながら、田中氏は幅広い試みの中でそちらに進める方法を探している。通信やコミュニケーション環境の変化に翻弄されるのではなく、それを味方にするのがECの進化の道なのだ。