日本科学未来館は7月14日、2015年7月15日~2016年4月11日までの期間、メディアラボ第15期展示として「アルクダケ 一歩で進歩」を開催するのに合わせて、プレス向け内覧会を開催した。

メディアラボは、情報環境技術を中心に、現在進行形の研究や作品を紹介するもの。これまで14回開催されており、15回目となる今回は、歩き方を撮影して解析する技術を用いて個人を特定する技術などを活用したものとなる。これは、セキュリティゲートでの事前人物特定や、商業施設などでの迷子検出などに応用が可能なほか、不審者などの捜索にも活用することもできるという。

大阪大学 産業科学研究所 所長/複合知能メディア研究分野 教授の八木康史氏

人の"歩き方(歩容)"は、その人独自のもので、これを用いて個人を識別する研究(歩容認証)が進められている。今回のメディアラボの主催である科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST)「歩容意図行動モデルに基づいた人物行動解析と心を写す情報環境の構築」プロジェクトの研究代表者である大阪大学 産業科学研究所 所長/複合知能メディア研究分野 教授の八木康史氏は、「これまで3000~4000人分のデータで検証を行ってきたが、歩容だけで94~95%の一致率を達成しており、歩容に加えて、身長情報と頭部のテクスチャ情報を組み合わせることで99%程度に引き上げられ、ほかの個人認証に匹敵、もしくはそれ以上の精度を発揮する」と説明するほか、「個人認証としてDNAや指紋、顔認証など、さまざまなものがあるが、その多くが必要な情報を入手するために、血液や指紋などの情報に触れて入手する必要がある。一方、歩容は、現状、50mくらいの距離から個人を認証することが可能で、例えば容疑者がどのように逃げたか、といったことも調べることができるため、すでに警察と連携して、犯人の逮捕まで活用されたケースもある」とする。

歩容による認証とほかの認証技術を比べて大きく異なるのは、その認証に必要とする距離。触れることなく、近くによることなく、個人の特定を可能とするため、犯罪捜査などにも活用ができる

今回のメディアラボは、大きく3つの展示で構成される。1つ目は「アルクダケでわかるあなたの歩き方 ~歩容個性計測~」で、約10mの歩行路を2回半ほど往復する間に、その人の歩行の特徴をカメラでとらえ、8つのパラメータでどういった歩行スタイルなのか、ならびに歩行年齢を分析するというもの。8つのパラメータは、「足の運びの左右対称性」、「背筋の伸び」、「腕の前振り」、「腕の後ろ振り」、「腕の振りの左右対称性」、「歩幅」、「歩行周期」、「歩行速度」となっており、パラメータの平均は30代後半程度とするほか、年齢推定は平均6.6歳の誤差で算出されるとするが、「実際の年齢とは違うことに注意が必要。これは、体力的な違いや体型の違いなどで生じるもの。これまでの研究から、頭身の違いや腕の振り具合、猫背の度合いなどで変わってくることが分かっている。実年齢よりも15歳以上老いて見えるのは猫背や中年太りの場合で、逆に痩身の場合は、若く見えやすいということが分かってきた」(八木氏)とする。

メディアラボの入り口に設置された「アルクダケ」の看板。ここで文字を作っているシルエットは協力した未来館のサイエンスコミュニケーターたちとのこと

歩容による年齢推定の概要。4000人ほどの歩行時の特徴を抽出することで、年齢との相関を導き出した。ただ、絶対的な年齢との比較を行っているわけではなく、あくまで対象データを相対的に比較することで年齢を推定しているとする

「アルクダケでわかるあなたの歩き方 ~歩容個性計測~」の歩行通路。ここを複数回往復することで、自分の歩き方の特徴がわかる

実際に歩いてみると、このような感じ

測定が終了すると、画面に結果が表示される。個人情報の提供に同意する場合、この結果がプリントアウトされ、記念に持ち帰ることができる

2つ目は「アルクダケでわかるあなたの健康度 ~認知能力計測~」で、こちらは現在、まさに研究が初端についたような状態のもの。八木氏によると「あえて初期の段階からの提示を行った」とするもので、2つの行為を同時に行う(デュアルタスク)ことで、脳の健康度を測定しようという研究となっている。人間は本来、2つの行動を同時に行うことは難しく、認知能力が低下してくると、2つの行動にもたつきがでてくることが知られている。また、歩行能力が低下すると、認知症のリスクが上昇するとも言われている。実際の展示では、足踏みをしながら、提示された計算問題に答えてもらうことで、脳がどの程度健康なのかを判別しようというものとなっており、この結果を認知症の研究に活用したいとしている。

「アルクダケでわかるあなたの健康度 ~認知能力計測~」のプレイ風景。写真だと分からないが、足踏みをしながら、両手にスイッチを持ち、計算の結果を選択する仕組みとなっている

測定結果。個人情報の提供に同意する場合、下の認知能力計算以下の部分がプリントアウトされ、記念に持ち帰ることができる

そして3つ目は、モニタ展示となる「歩容鑑定システム」。犯罪捜査に活用するシステムの紹介で、すでに科学警察研究所でも評価が進められており、上述したように、すでに一部の犯罪捜査にも用いられているものを見ることができる。

なお、今回のメディアラボでは、性別、年齢、身長、顔、全身画像といった個人情報の取得同意が求められ、同意した場合は、今後の研究にそのデータが活用されることとなる。受付時に同意が求められるほか、それぞれの計測終了時にも求められるので、個人情報は与えたくないが、体験してみたい、という人でも問題はない。その場合は、体験終了時に取得されたデータは破棄されることとなる。

アルクダケの体験をするためには、この端末に性別や年齢といった個人情報を登録し、QRコードが記載されたカードを発行してもらう必要がある。そのカードを各コーナーの端末に読み取らせることで、体験が可能となる。また、登録時にもこの研究の概要や意義、個人情報の利用方法などに関する説明も行われる

なお、メディアラボの期間中、これまでの来場者数の推移を踏まえると、10万人を超すデータが集まることが期待されるとしており、学術データとしては十分以上に有用なものとなることが想定される。八木氏も、「監視カメラも含めて、撮影されることにプライバシーの問題を感じる人も増えているが、そうした個人識別技術が人知れず社会に入ってこようとしている。便利で安全な暮らしを求める一方で、プライバシーをどのように守っていくかは、決して研究者だけの話題ではなく、一般の人々も含めて、社会全体で考える必要がある。今回の展示を通じて、個人情報を提供するということ、そしてそうしたプライバシーに関する課題を考えるきっかけにもしてもらえれば」としており、単なる先端科学技術を体験する、という枠にとどまらない、幅広い話題につながっていくことを来場者に感じてもらえればとしていた。