【レビュー】

Apple Music、衝撃のデビュー - 1,000枚持ってるレコードを10枚に整理し再出発を決意したくなる

稲葉雅巳
 

WWDC15で発表された際、提供予定の100カ国の中に、果たして日本は入っているのか?とやきもきしていたApple Musicだが、足並み揃える形で1日に国内でもサービスがスタートした。

対応デバイスはiPhone/iPad、Mac、Windows PCなどで、Android端末も秋には使えるようになる。サービスのローンチにあわせて、アップルはiOS 8.4とiTunes 12.2をリリース。iOSデバイス、MacのユーザーはそれらをインストールすることでApple Musicを利用できるようになる。

Apple Musicは、ストリーミングを中心とした定額制の音楽サービスだ。グローバルで3,000万曲を超える楽曲を揃えているという。早速、プランを選択しサービスを利用してみたのだが、これは衝撃だ。初めてセックス・ピストルズを聴いて1,000枚持ってるレコードを10枚に整理し再出発を決意したくなるくらいのインパクトがあった。

アプリを起動すると、サービスの紹介に続いて初期設定画面が表示される

新しい「ミュージック」アプリでは、画面下に5つのタブが並ぶ。このうち「My Music」は、従来の「ミュージック」アプリを統合したもので、ライブラリやこれまでに作成したプレイリストが表示されるようになっている。

「My Music」は、従来の「ミュージック」アプリを統合したもので、ライブラリやこれまでに作成したプレイリストが表示される

アプリを起動すると、サービスの紹介に続いて初期設定画面が表示される。登録を行うと「あなたのお気に入りをおしえてください」「あなたのお気に入りを選択してください」と、好きなジャンルにミュージシャンやバンドをチョイスするよう促される。気になったらバブルを1回、大好きだったら2回タップし、興味のないものは長押しで消していく。この過程がもう楽しく、自分が好きなミュージシャン/グループが提示されるまで延々とアーティスト探しの旅を続けてしまう。挙がって来る候補も「これ好きでしょ?」とか「やっぱり、これはないよね」と、実際に対話しているかのような感じで進んでいくのだ。このあたりは、クラブDJに、さっきかけてた曲って何?と訊いて、レコードバッグ覗かせてもらってるような感覚でもある。

まずは好きなジャンルをチョイス

興味のないものは長押しで消していく(画像左:消す前 画像右:消した後)

それで、好みが反映された(と思われる)プレイリストを「For You」のタブで見てみると……。

「はじめてのワンオートリックス・ポイント・ネヴァー」とか「はじめてのブリアル」といったドキドキするプレイリストが提案された。ライブラリにも入っていないのに、何でトーキング・ヘッズやスパークスが好きって分かったのだろう?

驚くべきほど完璧な提案がなされているのだ。自分はデヴィッド・ボウイとブライアン・イーノを「大好き」でエントリーし、セルジオ・メンデスを「お気に入り」でセレクトしてみたのだが、お勧めの候補になんとトーキング・ヘッズが入っていた。イーノが初期ヘッズのプロデューサーであり、ボウイのバックでエイドリアン・ブリューがギターを弾き、デヴィッド・バーンがリオやバイーヤの音楽から影響を受けているといったことを知らなければまず、リストアップできないはずなのに。

Apple Musicのウリのひとつである「人の手によるキュレーション」の精度を、早くも見せつけられた格好だ。脳をスキャンされたような気分と言ったら良いのか。機械的にはじき出されたプレイリストとは明らかに異なるテイストで、これは間違いなく「選曲家」の仕業である。クラブ/ラジオのDJや批評家だけでなく、日本で90年代に影響力があった、レコードショップのポップ職人たちを思い起こさずにはいられない出来なのだ。

アルゴリズムを使ったレコメンドなら、ボウイとイーノで、共同制作/共演者のロバート・フリップを抽出するのがせいぜい、といったところだろう。だが、人の手が入っているApple Musicなら、ロバート・フリップとエイドリアン・ブリューをセットにして年末の来日公演が決定したキング・クリムゾンを推してくるに違いない(実際のところ、フリップもクリムゾンも日本では配信を行っていないので、そうはならないが)。ちなみにヘッズに関して言うと「My Music」の中には入っていない。単にライブラリを参照した結果が候補に挙がるということでもなさそうだ

ジャンルごとに用意されているプレイリストは音楽に精通した担当者(「APPLE MUSIC EDITOR」)に依るものであるらしいのだが、一体、どんな人々がこの作業に携わっているのだろうか? 選曲はもちろんのことだが、曲順にも拘っており、例えば「エクササイズ/フィットネス」のプレイリストでは、運動量が増えるの見越して、段々とテンポの速い曲になっていくといった具合だ。ライトユーザーにもヘビーユーザーにも受け入れられるよう、様々なニーズに応じたセットリストが用意されているのも特徴だ。これで新しい職業が生まれるのではないかと妄想させるレベルの仕事ぶりである。

「New」のタブでは新作や注目作の紹介に加え、有名音楽誌のキュレーションによるプレイリストを楽しめる

「New」のタブでもAPPLE MUSIC EDITORが選曲を手がけている模様だが、ここでは"Rolling Stone"や"NME"といった老舗の雑誌に加え、"Pitchfork"といったエッジの効いたメディアのキュレーターによるプレイリストも楽しめる。この媒体の並びを見るだけでもAppleの注力度というか本気度が伺える。「注目のCONNECT:ビデオ」など動画もピックアップされており、現在、ファレル・ウィリアムスの特別なコンテンツが視聴できる。

「Radio」では24時間の配信を行っている「Beats 1」が聴けるほか「洋楽ヒットチャート」「2000年代ヒッツ」といったプログラムが組まれている

続いて「Radio」をチェックしてみよう。ここの目玉は何と言っても「Beats 1」だ。ニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドンの3カ所に、このインターネットラジオサービスのために作られたスタジオから24時間番組が配信されている。BBCのラジオ局「Radio 1」の人気DJ、ゼイン・ロウが中心となって組まれたプログラムは、流しっぱなしで聴くには丁度いい塩梅だ。Beats 1以外では「洋楽ヒットチャート」「2000年代ヒッツ」といった番組があり、こちらは好みでない曲が流れた場合はスキップできる仕様になっている。

Beats 1を半日ほど流しっぱなしにしてみて、これはリスニングの環境も変化するだろうなと考えるようになってきた。これまではiPhoneやiPod、時々、iPadを使い、ヘッドフォンやイヤフォンで聴くことが多かったのだが、掃除してるときも音楽かけたくなるし、食事のときも音楽が流れていてほしくなる。iOSデバイスからBluetoothで、Beats by Dr.Dre Pill 2.0 スピーカーを鳴らしたり、Apple TVを使ってAirPlay経由でメインのAV機器に送るということが増えるような気がしている。

「Connect」では、ミュージシャンとファンを結びつける場所を提供する。一時期流行った「Myspace」を思わせるところがあるが、タイムラインオリエンテッドな表示が特徴になっている

3つ目の柱である「Connect」では、ミュージシャンとファンを結びつける場所を提供する。言ってみれば、ある種のSNSであるが、バックステージで撮ったスナップや、作りかけの歌詞、MVのラフカットにアウトテイクなど、ミュージシャンが見せたいもの聴かせたいものを置いておける。投稿に対してコメントをつけたり、それをメッセージ、Facebook、Twitter、Eメールで共有するといったことも可能だ。Connectは、ミュージシャンが自身で登録を行い、完全なディスコグラフィーやバイオグラフィーを作成したり、プロモーションに必要なキットを公開しておくこともできる。ミュージシャンのイメージ管理を徹底しておきたいという日本の芸能界にはピッタリの機能ではないだろうか。業界の慣習である、不満のあるカットを外す写真チェックやインタビューでの不都合な発言を削除するための原稿チェックも、事務所の思い通りになり、マイナスイメージとなる要因を100%排除できるようになる。

Apple Musicの利用料は「個人メンバーシップ」で月額980円、「ファミリーメンバーシップ」は月額1,480円

Apple Musicの利用料は「個人メンバーシップ」で月額980円、「ファミリーメンバーシップ」は1,480円となっている。サービスの発表時、前者は9.99ドル、後者は14.99ドルとアナウンスされ、為替レートから、それぞれ1,000円越え、1,500円越えとなるのではないかという噂もあったが、ここは素晴らしく良い意味で予想を裏切ってくれた。

素晴らしいと言えば、本当は筆頭に挙げなければならないのが、その「ファミリーメンバーシップ」だ。家族が最大6人まで、各々が使っているデバイス上でApple Musicに好きなだけアクセスして楽しめる。家族全員の買い物を一枚のクレジットカードで支払うことも、子供達が買った曲を保護者のデバイス上で承認することもできる。このファミリーメンバーシップがアナウンスされた瞬間、これでティーンエイジャーがお金を払って音楽を聴くようになる、カルチャーの中に音楽を取り戻す、まさにそのチャンスが訪れたのだと感じた。

いや、カルチャーの中に音楽を取り戻すは言い過ぎかもしれない。若年層のCDの購入量は減っているものの、音楽を聴く時間は反対に増えているという調査報告もあることだし。 だが、音楽に対してお金を払うという文化は明らかに衰退している。合法/違法に関係なく、YouTubeなどのサービスを利用し、「タダで」音楽を聴くのが習慣化しており、コンテンツに対してお金を払うという意識が意識が薄れている。そういった文脈が存在している上で、Apple Musicが広告表示を前提にした無料プランを用意しなかったのは英断であったと評価する。昨年米国でサービスがスタートしたiTunes Radioは結局、日本で提供されずにいる。無料プランがあって、聴き放題なんてとんでもない、という音楽業界からの反発があったのは想像に難くないが、今回のApple Musicではそういった抵抗に対して、ちゃんとロイヤリティあるから安心してくれというモデルを提示してきたのだ。

上記のファミリーメンバーシップであらゆる世代の音楽を聴きたいという欲求に応え、きちっとその対価も支払わせる、これが機能すれば、人々はまた音楽にお金を払うだけの価値があることを再発見するだろうし、次の世代にもそれを引き継いでいくことになるはずだ。先を見越した全方位システムになっていることに、未だ渋い顔をしている業界関係者は気づくべきである。

MTVが台頭した頃、ビデオがラジオスターを殺す、と歌われたこともあったが、Apple Musicは音楽を愛する人々を誰も殺さない(もし駆逐されるとしたら、音楽を利用して不当な利益を得ている連中だ)。iTunes Storeがオープンしたことで、アップルは結局、レコード業界の救世主となった。恐らく今回も、業界をピンチから救うこととなるのであろう。

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