アドビシステムズは17日、同社の「Adobe Creative Cloud」の最新版である「Adobe Creative Cloud 2015年リリース」を解説する発表記念イベント「Adobe Live 2015」を都内にて開催した。本稿では、ゲストを招いての「ブレイクアウトセッション3」の様子をお届けする。

株式会社カイブツ 木谷友亮氏

今年度の最新版がリリースされた、同社のクラウドサービス「Adobe Creative Cloud」。発売を記念して東京都内で開催されたイベント「Adobe Live 2015」には、多数のクリエイターがゲストスピーカーとして登場した。そのうちのひとりがデザインの現場に留まらず、イベントやインスタレーション、ゲームの企画、制作、プロデュースなど、幅広い領域のクリエイティブ活動で知られる、株式会社カイブツを率いる木谷友亮氏だ。

"ポップン王子"が気鋭のクリエイターになるまで

木谷氏は2006年に同社を設立。その後は、カンヌ広告祭銀賞をはじめ、ロンドン広告賞、NYADC銀賞など数々の広告賞を受賞するなど、現在は海外からも多数の注目を集めている。そんな新進気鋭のクリエイターの木谷氏がこれまでの経歴やプロジェクトなどをトークセッションで振り返った。

大学で機械工学を専攻した木谷氏が、デザイナーの道を志したのは、卒業を控えた進路決断の時期。そのまま機械工学系の技術屋としての道を歩むか、迷った際に目に留まったのが、当時購入したものの、あまり使っていなかったという「PowerMac 8500」。「これを使いこなすと、オシャレに生きられるっぽい」という世の中の動きを察知した木谷氏は、その後デザイン専門学校に進学し、PhotoshopやIllustratorを2年間勉強した後、就職した会社ではコンビニのPOPを制作する部署に配属されたという。

木谷氏のそこでのあだ名は"ポップン王子"。職人的にひたすらPOPを作り続ける毎日を送る中、「あまりいい悪いの価値観が持てていなかった」と当時の自信を振り返る。

そこで、2年目からは「デザイナーとして表現者としてどういう人間なのか?」ということを強く意識するようになったという。そして自身を俯瞰して見た時に、「デザインの天才では全然ない」という結論に至ったとのこと。「デザインだけを見た時に、決して自分は天才的なデザインができるタイプではない。デザインでずっと生きていても、デザイナーとして大成できないかもしれない」と感じた木谷氏は、自身が人より優れたところを探すようにして生活していたと語る。

木谷氏が作り上げた、2,000枚の写真を積み重ねたコラージュ作品

そして次にたどり着いた結論が「私はガマン強い」。ダイエットが大得意という木谷氏は、時間をかけて何かをつくることはあまり苦痛ではないという。そこで「人より時間をかけてみよう」と制作したのが、香港やNYで撮った約2,000枚の写真をひたすら積み重ねた作品。制作には1年ほどの時間を費やしたという大作だが、この作品がデザインアワードを受賞したことで「賞で評価されることで、デザイナーとして自分がどのあたりの位置にいるのかというのがわかって勇気が出た」と振り返る。

そんな木谷氏にとって次の転機となったのが、漫画家・井上雄彦氏の個人プロジェクト。大ヒットマンガ「スラムダンク」の販売数が一億冊に達したことに対して、井上氏が読者に感謝を表明するための個人プロジェクトに、木谷氏はデザイナーとしてチームに参加した。

このプロジェクトは、当初新聞への感謝広告というかたちでスタートしたが、Webサイトに広がり、最終的には神奈川県・三浦市にある廃校となった高校の校舎を使ったリアルイベントへと発展した。教室の黒板23枚を使って、井上雄彦氏が「スラムダンク」最終回の10日後を描くというものだが、事前の告知がほとんどなかったにもかかわらず口コミで広がり、大勢の人が集まる大成功のイベントとなったという。

井上雄彦氏の個人プロジェクトで展開された新聞広告

当時、27,8歳だったという木谷氏がその時感じたキーワードとして挙げたのは"私はなんでもやれる"。「広告のデザイナーがやっていいことは決まっていないということが、このイベントを通して視野が広がった」と語る木谷氏は"企画のあるデザインを考える"ことに目覚め、「Macの前で作業するよりもマンガ喫茶で企画を考える時間が長くなった」と話す。そして生み出されたのが、「eposcard 100design cards project」の"印籠型のクレジットカード"や、NIKE「超短距離1m走選手権」といった、ユニークな制作物やイベントだ。

神は細部に宿らない

一方で「わたしはPhotoshopが大好きだ」とも語る木谷氏が手掛けた最近の作品が、アパレルブランド「Dries Van Noten」がルーブル美術館で半年間にわたり開催した展覧会だ。フラワーアーティスト東信氏の花のコラージュ写真で、10メートル四方の会場一部屋全体が花束で覆われるというプロジェクトで、1カ月間徹夜で緻密な計算をしながら完成させたとのことだ。

ルーブル美術館で開催された、アパレルブランド「Dries Van Noten」の展覧会

しかし「実際に会場に行ってみたところ、自分たちが最高傑作と思ってやった作品がめちゃくちゃズレていた」という。「あとからよく考えると、フランスから送られてきた会場の図面はセンチメートル単位。通常、我々が考える世界はミリ単位。それでも会場はとても盛り上がっていて、世界的な風潮で言うと"神は細部に宿っていない"、"神は全体に宿る"なんだと感じた」と冗談を交えて語った。

その他、木谷氏の最近の著名なプロジェクトとしては、造形作家・倉田光吾郎氏が作り上げたるロボット「KURATAS」がある。高さ4メートル、重さ5tの人が乗ることができる世界初の人型巨大ロボットで、2012年に完成し、ワンダーフェスティバルでお披露目がなされた。"私は応援がうまい"と語る木谷氏はこのプロジェクトにも5年ほど関わっており、Amazonで出品しているほか、アラブの石油王と現在商談中であることも明かされた。

ロボット「KURATAS」(左)、Amazonの出品ページ(右)

木谷氏が選ぶCreative Cloud最大の進化は?

自らの異端な経歴や活動を人気クリエイターらしい独特なプレゼンテーションで紹介した木谷氏だが、今回リリースされた「Adobe Creative Cloud」の最新版については、「Illustratorの自動保存機能」を、「ついに」と前置きした上で衝撃的なニュースとして紹介。続けて、「特にIllustrator 8は、保存ボタンを押した瞬間に落ちることもあった」と、過去の苦労に言及。「アドビさんには、今回のリリースの一行目で、全世界のデザイナーにまず謝れと言いたい。そして、なぜ10年間(自動保存機能を)つけなかったのかを問いたい。なんとかつけてくださってありがとうございます」と語り、会場の共感と笑いを呼んでいた。