女優、モデル、タレント……どの肩書も違う気がする。しかし、それらの頭に"ドS"をつけると一気にハマるから不思議だ。2015年、ドSキャラで業界を席巻する菜々緒の勢いが止まらない。

今年だけでも連ドラ『ゴーストライター』『まっしろ』『ふたがしら』に出演し、来月からも『HEAT』に出演。CMに目を向けても、「au三太郎シリーズ」では乙姫役で金太郎を怒鳴りつけ、「ファブリーズメン」では松岡修造に「汗くさいと気づいてねぇな」と毒づく姿が反響を呼んでいる。

しかし、なぜ短期間の間にここまで"ドS""強い女""毒舌"というイメージが定着したのだろうか。

モデル女優の弱点を逆手に取った

女優の菜々緒

菜々緒はメディアに出はじめたころから"強い女""毒舌"のイメージこそあったが、"ドS"のキャラはそれほどでもなく、美女アシスタントとしてソフトな一面も見せていた。そんな流れが変わったきっかけは、女優業への進出。

多くの美人モデルがそうであるように、突出したルックスを持つほど女優としては不利に働く。いわゆる"フツーの役"を演じても浮いてしまうため、役の幅がすぐに狭まり、固定化されてしまうのだ。それを嫌い、わずか数本で女優業を引き上げざる得ないモデルも多い中、菜々緒は難色を示すどころか、むしろ逆手にとってドSキャラの役に振り切っていった。

まず話題を集めたのは、『ラストシンデレラ』のヒロインに罠を仕掛ける社長令嬢、『ミス・パイロット』の訓練生にキツイ態度で接するグランドスタッフ。ただ、このころはアクの強さだけがピックアップされがちで、女優としての評価はあまり受けられなかった。

転機となったのは、『ファースト・クラス』。心の声で暴言を吐きまくり、ヒロインを徹底的に陥れる川島レミ絵を演じ、現在のキャラを決定づけた。その理由は、攻撃をされる側のヒロインが、"ドS""強い女""毒舌"のイメージが強い沢尻エリカだったことも影響しているだろう。今思えば、沢尻から菜々緒へ、それらのイメージが引き継がれた転換期だったのかもしれない。

相手の弱さを倍増させる"ものさし"

次に、ドラマからCM、バラエティ番組に至るまで、菜々緒のドSキャラへの需要が高まっている理由について。

最大の理由は、世間の風潮ではないか。不況や事件などで閉塞感の漂う中、多くの視聴者は「"強い人"や“突出した存在"を叩きたい」という潜在願望が増している。特にドラマの世界では『半沢直樹』の大ヒットが象徴するように、悪を懲らしめるタイプの作品が増えた。

その意味で、"突出した美人""強い女"の菜々緒は、ドSキャラで悪いことをさせておいて、最後に思い切り叩くのに最適なターゲット。実際、ヒロインに負け、恋愛では振られるシーンが多かった。

また、バラエティ番組の『痛快TVスカッとジャパン』も菜々緒の需要を物語っている。菜々緒が演じるエリカは、周囲を徹底的に見下し、バカにする悪女だが、最後は必ず恥をかかされてしまう、という役柄。番組の要としてシリーズ化されていることから、制作スタッフ側の需要と、視聴者のニーズを満たしているのは間違いない。

そして、菜々緒のドSキャラは、"ものさし"としての意味合いも大きい。菜々緒という"強く、悪く、大きく、美しい"ものさしと対面した相手は、必然的に"弱さ、正しさ、小ささ、不細工さ"が数倍になるのだ。前述した『ファブリーズメン』のCMで松岡修造は、ふだんよりウザさが増していた気がする。

アクの強さから常に批判はついてまわるが、そんな声をものともしない仕事ぶりはどれも一級品。さらに、「最初はムカついたけど、最近のやり切りぶりは、一周まわって面白い」という声も日を追うごとに増えている。これは「人を笑わせるのが好き」な彼女の人柄によるところもあるだろう。番組プロデューサーやCMプランナーたちにとっては、ドSキャラでこれほど計算できる女優はいないのだ。

今は"菜々緒"役を演じているだけ

類いまれなルックスを持ち、ブレイクのきっかけになったことからドSキャラを貫いているが、今後はそれ以外の魅力も加味していくのではないか。

そもそも実質的な女優デビュー作となった『主に泣いてます』では、いきなり主演ながら、薄幸のモデル&愛人役をシュールに演じていた。さらに、『ゴーストライター』では冷たそうに見えて、実は仕事と人情に厚い編集者を好演し、現在放送中のドラマ『ふたがしら』では初の時代劇に挑戦している。

だからこそ気がかりなのは、起用する側が菜々緒を"ドS"というステレオタイプな見方しかしていないこと。あくまで現在の菜々緒は、ブレイク戦略とメディアが生んだ"ドSキャラの菜々緒"という役を演じているだけで、単に他のキャラをセーブしている。彼女ほどのやり切る力と芯の強さがあれば、他の芸名を使い、異なるキャラとして2人格で活躍できるような気さえしてしまう。

特に見てみたいのは、菜々緒が"弱い、正しい、小さい、不細工"という現在と真逆の役柄を演じる姿。ドSキャラを女優としてここまで貫き通しているのは菜々緒が初めてだけに、そのふり幅が見てみたい。

これから菜々緒はどんな道を歩んでいくのか。サイズと度胸のスケールは世界基準だけに、国内外を問わずさまざまなフィールドで活躍するかもしれない。女優やモデルとしての活動はもちろん、海外セレブのような恋愛遍歴も含めて、菜々緒のことを好きな人も嫌いな人も、気になる存在で居続けてくれるだろう。

■木村隆志
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴する重度のウォッチャー。雑誌やウェブにコラムを提供するほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書は『トップ・インタビュアーの聴き技84』など。