「恋愛ごっご」を本気させるのが遊女の腕の見せどころ

遊女とは、江戸時代に「遊郭」という政府から公認された区画で男性に性的なサービスをして喜ばせる仕事をしていた女性のことです。しかし、当時の男性が遊女の元に足しげく通ったのには、なにも性的なサービスだけが目的だったわけではありません。むしろ、粋な男性は遊女たちとの「恋愛ごっこ」を楽しむもの。遊女の仕事は恋愛のドキドキ、ワクワク感を味わってもらうことだったのです。

今回は、そんな恋愛のプロフェッショナルといえる遊女たちから、鉄板の恋愛術を学んでみましょう。

遊女との一晩は160万円以上

江戸時代、「遊郭には1日千両の金が落ちる」と言われていました。千両というのは例えですが、莫大(ばくだい)な額のお金が動いていたのは明らかです。なんと、遊郭で遊女と遊ぶには、一晩で160万円以上もかかったのです! そんなに高かったら庶民はおいそれと行けるはずありませんよね。なので、遊郭での主な客層は武士や豪商、文化人といったようないわゆるエリートたちでした。

エリートたちは遊女との会話で、時事ネタについて意見を求めるなんてこともしばしば。どうやら、遊女に性の相手以上に話し相手としての役割を求めていたようです。そんなわけですから、遊女にはエリートたちと対等に話せるほどの教養が必要でした。その内容は華道や将棋、お琴や和歌とさまざま。モテるために勉強するなんて、遊女って思っているより大変ですね。

さらには、古典や漢詩に精通していた遊女もいたようです。そういった昔の文学ができる女性なんてほぼいなかった時代背景を考えると、遊女たちの教養の高さがうかがえます。遊郭を訪れる男性は、普段接している妻や一般の女性の奥ゆかしさとは違い、対等に話し合える格式の高さを遊女に求めていたのではないでしょうか。

読み書きや書道は最低限の教養

中でも、読み書きや書道は遊女として最低限の教養。なぜかというと、自分を訪ねてくれた男性の心をつなぎ止める「手紙」を書くから。「遊女はいつも手紙を書いている」と揶揄(やゆ)されるくらい手紙を送っていたようで、いかに気の利いた内容を書けるかが重要視されていました。

「あなたと遊べて楽しかったわ」とか「あなたのことが忘れられなの。また会ってくださらない? 」だとか。現代でいうとデートの後の「ありがとうメール」といったところでしょうか。ここでぐっと男性の心をつかめれば大きな一歩になること間違いありません。

また、字のキレイな遊女も多く、平安時代の名筆にも劣らない字を書く遊女がいたり、「町娘は遊女の字を手本にしなさい」と勧める本もあったくらい。キレイな字を書く人ってすてきですよね。そこで、遊女たちの3つの鉄板恋愛術を見てみましょう。

1)忘れかけていた頃に手紙

遊郭でのおきては本気にならないこと。遊女は1日に何人もの男性の相手をするわけですから、いちいち本気になっていては彼女たちの身が持ちませんし、客本人も十分それを理解していました。だからこそ、いかにして本気と思わせられるかが最大のカギだったのです。「ひょっとして自分だけは……」そう思い、通ってしまった男性も少なくありません。

では、ウソもマコトにするような遊女たちの恋愛術とはどんなものだったのか。まずは「手紙」を送るタイミングです。遊女は客が帰った4~5日後に手紙を送ったと言われていますが、それは自分のことを忘れないでもらうため。手紙を受けとった瞬間、男性の脳裏には忘れかけていた遊女との楽しいひと時が思い出されたことでしょう。

2)男性の心を揺さぶる口説

次に「口説(くぜつ)」。口説は痴話喧嘩(ちわげんか)のことですが、遊女の場合は男性をその気にさせる言葉のかけ方を指します。なかなか来てくれなかった男性がやっと来た時には「もう、ずっとこないんだから! 」と拗(す)ねてみたり、逆に「今日会えたのは運命だわ」と喜んでみせたり。巧みな言葉で男性の心をゆさぶったようです。

また、遊女たちが特に気にかけたのは夜を共にした男性と翌朝別れる時。ここでは心をかけて別れを惜しみ、印象強く残るよう徹底した演出をしました。

3)男性を本気にさせる贈り物

そして、極め付けが「贈り物」です。遊女は男性に様々なプレゼントを贈りました。まず最もポピュラーだった「誓詞(せいし)」。これは相手への気持ちを神に誓った誓約書でした。次に「断髪」。切った髪を贈ることなのですが、多くの場合、髪を切るのは男性の役割でした。そうすることで共犯関係が生まれ、より強く結ばれるのだそうです。また、自分の肉体の一部を相手に送るといった意味合いもあったとか。好きな人の大事にしているものをもらうとうれしい。そんな心理でしょうか。

究極は「切り指」といい指を切って渡すこと。痛みをともなうので遊女の相当な覚悟の現れとして重宝されました。これを贈られた男性はそれだけ遊女をほれさせたという自慢のタネでした。贈る意味合いとしては髪と一緒なのですが、ちょっとやりすぎですよね。

ただ、遊女がこんなことを本当にしているわけもなく、たいていは巧妙(こうみょう)に作られたダミーを使っていました。こういった事情は男性側も知ってはいましたが、本気にするのはやぼというもの。「それでも! 」と思わせてこそ一流の遊女でした。

また、指には「約束をする」という意味もありました。指と約束。このふたつ、身に覚えがありませんか? そう、「ゆびきりげんまん」の元ネタは実はここからきてるのです。

遊女の恋愛術「手紙」と「口説」を見てきましたが、どちらも意外とベタですよね。「贈り物」も一部過激なものもありますが、自分の大切なものを相手に贈るという意味合いだけを考えればベタなものと考えられます。そういう誰もが持つ恋愛のイメージを崩さないことこそが、彼女たちの最大のテクニックだったのではないでしょうか。

※写真はイメージで本文とは関係ありません (c)Flickr/Takashi Kashiwaya

筆者プロフィール: かみゆ歴史編集部

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史全般、世界史、美術・アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『一度は行きたい日本の美城』(学研パブリッシング)、『日本史1000城』(世界文化社)、『廃城をゆく』シリーズ、『国分寺を歩く』(ともにイカロス出版)、『日本の神社完全名鑑』(廣済堂出版)、『新版 大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)など多数。また、トークショーや城ツアーを行うお城プロジェクト「城フェス」を共催。
「かみゆ」
「城フェス」