自分とは全然違う業界の会社に就職した友人と久々に会って話をしたりすると、ものすごく面白い話を聞かせてくれることが多い。省庁に就職した友人から国会の答弁資料は老眼でも読めるように大きな文字で印刷されているという話を聞いたり、不動産業界に就職した友人が「ヤクザが出てきた時の対処法」を教えてくれたり、自分が今働いている業界では到底起こりえないような話が他業界にはあふれている。

もちろん、これは他人に自分の今いる業界の話をする場合にもあてはまる。たとえば、僕の前職はいわゆるインターネット業界だったのだけど、他業界の人にとってネット業界のもつ「ゆるさ」(服装完全自由、朝の時間が遅い、チャットでコミュニケーションなど)は奇異に映ることが少なくないようだ。自分があたりまえだと思っていたことが、他業界の人にとっては全然あたりまえでなかったということはよくあるので、定期的に他業界の人と情報交換をすることは思考を硬直化させないという意味でもとても重要だ。

今日紹介する『必ず役立つ! 「○○業界の法則」事典』(高嶋ちほ子/PHP研究所/2014年1月/552円+税)は、そんな他業界の知識をサクッと学ぶのにはうってつけの本である。本書は、様々な業界に脈々と伝わる「仕事の法則」を全部で200個紹介している。他業界のことを知りたいのであれば業界研究本を読むというのも1つの手ではあるが、「いろんな業界のことを幅広く知りたい」という場合、それだと時間がかかりすぎる。その点、本書は法則1つあたりに割かれるページが1、2ページなので、電車の待ち時間などの空き時間にサクッと読んで業界のセオリーの「面白いところ」だけを抽出することが可能である。本書を読んである業界についてもっとよく知りたいと思ったら、適宜業界研究本に進めばよい。

他業界の法則にはビジネスのヒントがたくさんある

高嶋ちほ子『必ず役立つ! 「○○業界の法則」事典』(高嶋ちほ子/PHP研究所/2014年1月/552円+税)

本書は全部で10章で構成されている。「すぐに売り上げを伸ばしたいとき」に効く業界の法則(第2章)、「どうしてもアイディアが浮かばないとき」に効く業界の法則(第5章)、「人間関係に疲れたとき」に効く業界の法則(第8章)といったように、ビジネスパーソンにある程度共通する悩みや課題ごとに様々な業界の法則がまとめて紹介されている。

「売り上げを伸ばしたい」と一口に言っても、業界によってやり方は様々である。たとえば、外食業界では店が混んできたらBGMのテンポをあげるそうだ。これはBGMのテンポと客の回転率が比例するからで、逆にじっくり買い物をしてもらいたいタイプのお店ではBGMをゆっくりにしたりするらしい。小売業界なら、床上60センチから160センチの棚に利益率の高い商品や在庫にしたくない商品を配置する。これは、その範囲の商品が客にとってもっとも手に取りやすいゴールデンゾーンだからだ。他にもタクシー業界であれば、対向車線に客を乗せている車(これを「実車」という)が多い道を走るのが売上向上のセオリーとされている。これは対向車線に実車が多いということは、自分の今向かっている方向に客がたくさんいるはずだという考えに基づいている。

これらはそれぞれの業界に脈々と受け継がれている売り上げ向上のセオリーであり、その業界で働いている人ならきっと誰でも知っていることではあるのだろう。しかし、こういったセオリーを「横断的に」見る機会はあまりない。自分の今いる業界に固執せず横断的に様々な業界のセオリーに触れることが、結果的に今の仕事で直面している問題を乗り越えるヒントになる。そういう視点で本書を見てみると、本書は役立つ情報の宝庫だということに気づくに違いない。ぜひ、他業界の知識から自分のビジネスへのヒントを見つけ出して欲しい。

本書のもうひとつの使い方:「賢い消費者」を目指すために

本書のもうひとつの使い方として、「賢い消費者」を目指すために本書を読むというのもあってよいだろう。本書に掲載されている法則はすべてサービスの提供者側目線に立ったものだが、これらをよく知っておけば自分がサービスの受け手になった時に相手の出方がある程度読めるということになる。

たとえば、小売業界のセオリーに"レジ横に「ついで買い」を誘うような商品を並べる"というものがある。レジで長い列に並んでいるとついついレジ横の商品に手が伸びがちになるが、この法則を知っていれば「ああ、これでは店側の策にまんまとハマってしまう」と思い直すことができる。今までなんとなく無意識的にやってきたことの裏側に店側の思惑があることを知ると、買い物は何倍も楽しくなるに違いない。

自分がビジネスをする際の参考にしてもいいし、賢い消費者を目指すために読むのもよい。あるいは単純にいろんな業界の裏話に触れて知的好奇心を満たすために読むこともできる。まさにいろんな読み方ができる本である。自分なりの楽しみ方を見出していただければ幸いだ。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。