ここからは筆者の想像である。

今のスマートフォンやタブレットのキーボードにおける難点は、物理的なキーボードと違い「押した感触」がないことだ。ディスプレイの一部が液体で盛り上がる機構などを提案するベンチャー企業もあったが、採用例はない。しかし、今回アップルが使った「振動で押したと感じさせる」技術が使われるとしたらどうだろう?

物理的なキーボードと同じレベルになる、ことはないだろうが、今までのソフトウエア・キーボードより、入力位置がわかりやすい製品が生まれる可能性がある。

もちろん、思いつく難点はいくつもある。キーを1つ1つ判別できるほど、振動する位置を正確に制御するのは難しい。だから、かなり「おおまか」な感触になるはずだ。また、スマートフォンに求められる振動機能との同居がどうなるかもわからない。だから、上記の「想像」がまったく的外れである可能性も否定はしない。

しかし、ここで重要なのは、いままで「操作にとって重要」と思われていた感覚が、実際には別の感覚で代替可能であり、そうした要素を加味すれば、これまで当たり前とされてきた制限を乗り越えていくことが可能かもしれない、という点である。

現在、我々は機械との接点として「視覚」を多用する。人間は視覚に頼って生きているから、視覚重視になるのも当然といえる。しかし、それだけで過ごせるわけではない。視覚のほかに、聴覚や触覚にも頼っている。物理キーボードを好むのは触覚による「押した」というフィードバックが存在するからだし、道を歩く際には、どちらから音が聞こえてくるかが重要な情報となる。

特にIoTの時代がやってくると、視覚以外でのフィードバックは重要なものになるだろう。小さな機器には満足なディスプレイを搭載できないし、通知する情報によっては振動だけで十分、ということもあるからだ。

振動による錯覚を使ったデバイスは「ハプティック(力覚)デバイス」などと呼ばれ、バーチャルリアリティの分野でも広く研究されている。ペンに触覚を与えて「ものの堅さを感じさせる」ことに使ったり、方向を指示したりといった使い方が検討されている。

それらに比べると、アップルのやり方はシンプルなものに思えるが、「本来搭載できないユーザーインターフェースをハプティックで代替する」と思えば、使い方としては正しい。

Oculus RiftのようなVRデバイスで目を覆い、ハプティックデバイスで触覚をカバーすると、人間の感覚は容易にだませる。もちろん、画質・触覚の質はまだまだ本物にはほど遠いが、リアリティをあげるには十分すぎる効果を持っている。また、視覚に頼れないシーン、例えば自動車の運転中などのための通知用として、振動や音は非常に有用だと考えられている。

携帯電話にバイブレーターが搭載されるようになってかれこれ15年。ゲーム機のコントローラーにバイブレーターが乗るようになって、こちらもだいたい15年ほどだ。比較的荒い「通知」のために使われることが多かったが、今後は触感の再現も含め、より精緻なコントロールを伴った技術が広がっていくことになりそうだ。アップルはそうしたトレンドに対し、一歩先んじたといえそうだ。

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