誰かと話をしていると「この人の話はいつもおもしろいなぁ」と感じることがたまにある。もちろん、その逆で「この人と話しているといつも退屈なんだよなぁ」と思わせる人もいる。では、この「話のおもしろい人」と「話がおもしろくない人」の違いはいったいどこにあるのだろうか。僕たちはいつも感覚で「あの人の話はおもしろい/つまらない」という判断をしているが、「なぜあの人の話はおもしろいのだろう?」と深く考えることはあまりしない。会話のおもしろさは、言語化できないセンスによって決まっているような気さえする。

吉田照幸『「おもしろい人」の会話の公式』(SBクリエイティブ/2015年2月/1300円+税)

今回紹介する『「おもしろい人」の会話の公式』(吉田照幸/SBクリエイティブ/2015年2月/1300円+税)はそんな謎に包まれた「おもしろさ」の内容を言語化し、他人から「おもしろい」と思われるためのノウハウを抽出しようとするある意味ではとても野心的な本である。だからと言って、理屈っぽい話ばかりがたくさん書いてあるかというとそうではない。本書の著者である吉田照幸氏は「サラリーマンNEO」の企画を手がけるなどエンターテイメント系テレビ番組を中心に活躍している人物であり、本書で紹介されている「おもしろい会話の公式」は基本的にすべて現場の体験が元になっている。そういう点で、本書は大学教授やセミナーの講師が書いたコミュニケーション術の本よりもはるかに実践的だ。飲み会や昼休みの雑談などで場を盛り上げることができず困った経験があるという人は、ぜひ手にとってみてほしい。

「おもしろさ」がコミュニケーションを簡単にする

そもそも、なぜ会話をおもしろくする必要があるのだろうか。別にコミュニケーションは笑いを取ることだけがすべてではない。極端な話、笑いなんてまったく取らなくても言いたいことを相手に正しく伝達することさえできれば、日常生活や仕事で困ることはない。にもかかわらず、「おもしろい会話」ができたほうがよいのはなぜだろうか。

それは、「おもしろさ」自体が、コミュニケーションを円滑にする力を持っているからだ。笑いが取れれば、話は盛り上がる。話が盛り上がると、相手は自分の話すことをもっとよく聞いてくれるようになる。そうなれば言いたいことも相手によりよく伝わり、相手から理解される度合いも増えていく。おもしろいということは、コミュニケーション上の問題を一気に解決する可能性を秘めているのだ。

もちろん、どんな場合でも必ずおもしろい会話をしなければならないということは全くないだろう。ただ、会話をおもしろくする力さえ持っていれば、困難に打ち当たった時におもしろさを突破口にして問題を解決できる可能性が高くなる。おもしろくないことで損をすることはあるかもしれないが、おもしろいことで損をすることは基本的にはない。そういう意味では、「おもしろさ」は武器だ。本書を読んでおもしろさの公式を頭にいれることは、そういう強力な武器を手にいれることと同じだと言えるかもしれない。

おもしろい話に気の利いたオチは必須ではない

ひとつ個人的に興味深いと読んでいて思ったのは、本書が「オチ」の必要性を否定していたことである。「おもしろい会話」や「ウケる話」と聞くと、ついつい焦点が「どう話にオチをつけるか」に向きがちだ。たしかに、思わず唸らずにはいられないようなうまいオチはある。そういう話がポンポン出てくる人がすごいのは当然なのだが、いわゆる「話がおもしろい」と言われる人が必ずそういうタイプかというと、実際にはそうでもないということに気づく。

オチ自体は極めて単純なものでも、話をする際のトーンや間のとり方が巧みなため、「あの人の話はおもしろい」と思わせる話をする人は考えてみると結構多い。たとえば、その場ではすごく面白かった記憶があるのに、あとで冷静になって内容を振り返ってみると別にそこまでおもしろいわけでもないなぁ、と感じることはないだろうか。これは結局、会話のおもしろさを構成する変数に「オチ」だけでなく「間の取り方」や「空気の読み方」まで含まれているという証拠にほかならない。日常で行われる会話は落語のように一方的に一人がしゃべり続けるというわけではないのだから、内容以上に空気をいかに掴むかが重要だというわけだ。

おもしろいオチがつけられずにいつも気の利いたことが言えないと悩んでいる人は、力点をオチではなく空気の掴み方に変えてみると、もしかしたらうまくいくかもしれない。

おもしろい会話は「おもてなし」

本書を読むと、結局、おもしろい会話とは「おもてなし」であるということがわかる。自分が楽しいと思う話をするよりも、相手が楽しいと思う話をする。自分一人だけ盛り上がろうとするのではなく、周囲の空気を見つつ盛り上がる。こういった周囲への「おもてなし」が、話のおもしろさを作り出すのだ。相手を気づかうのが重要という意味では、普通のコミュニケーションの時と大事なことは何も変わらない。そういう基本的なことに、本書は気づかせてくれる。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。