3月21日に東京ビッグサイトにて開催された東京ビッグサイトにて開催された国内最大級のアニメイベント「AnimeJapan 2015」において、『攻殻機動隊』で描かれた技術を実現することを目的に昨年誕生したプロジェクト「攻殻機動隊 REALIZE PROJECT」のセミナーステージが行われた。

攻殻機動隊 REALIZE PROJECT in AnimeJapan 2015

『攻殻機動隊』ではサイボーグ、戦車、電脳空間まで多彩なテクノロジーが描かれているが、今回は慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科が今年設立した「超人スポーツ協会」の取り組みを含め、義体と身体が主題となった。

登壇者は、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授・稲見昌彦氏、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科准教授・南澤孝太氏、ソニーコンピュータサイエンス研究所・研究員/Xiborg代表取締役・遠藤謙氏、そして『攻殻機動隊ARISE』のシリーズ構成・脚本を担当する小説家の冲方丁氏。

現在の取り組み

始めに、各登壇者が現在取り組んでいる研究テーマについて紹介が行われた。冲方氏は、電脳や義体といった表現が説明不要で受け入れられるようになった現在、「フィクションが新たなリアルを獲得するにはどうするか」が執筆のテーマになっているという。南澤氏は、デバイスを通じた「体験の共有」をテーマに、人が遠隔でロボットを操作すると、ロボットが得た触覚が操縦者に伝わる「テレイグジスタンス」など、時間と空間を超える身体拡張技術を研究している。

冲方丁氏。フィクションにおける"リアル"の描き方を追求する

南澤孝太氏。テレイグジスタンスでは、遠隔操作機器から視覚・触覚等がフィードバックされる

遠藤氏は、小型のモーターなどを搭載し動作をサポートするバイオニック義肢を研究。義足を使うアスリートの100m走タイムがオリンピックの記録に近づいていることを挙げ、2020年の東京パラリンピックではオリンピックの選手を超える記録を出す義足を作りたいと述べた。

遠藤謙氏。恩師Hugh Herrは登山中の凍傷で足を失い、自らバイオニック義肢を研究。クライミングに適した義足など、義肢による身体機能の拡張を実現する

同ステージでモデラーを務めた稲見氏は、『攻殻機動隊』で描かれた熱光学迷彩を元にした、再帰性反射を利用した光学迷彩の研究で有名だ。SF作品の面白さは「95%のリアルと、5%のフィクション」であるとし、「5%のフィクションをどうリアルにもっていくか」が自分の仕事であると述べた。

片方のコップに砂を入れると、反対側のコップにその感触が伝わるデバイスを実演

テクノロジーは世の中に出た瞬間姿を消す

『攻殻機動隊』の新たなシリーズを作るに当たり、テクノロジーの描き方が大きな課題だったという冲方氏。現在は「未来だと思われていたことが普通になってしまった」が、人間は技術に驚かされたいわけではなく「むしろ、生活の一部にテクノロジーが入ってきたのではないか」と述べた。これは『攻殻機動隊ARISE』シリーズにおいて、素子の電脳空間が人と接するほど日常的な部屋のように変化していく部分に表現されている。

稲見昌彦氏。学生時代、教授に『攻殻機動隊』を読むよう言われたことが現在の研究につながっているという

稲見氏はこれを「テクノロジーは世の中に出た瞬間に姿を消す」と表現し、「日常化したときにどう生活が変わっていくか」によって障害といわれるものの質が変化すると語る。遠藤氏はその変化をメガネに例え、「メガネというテクノロジーと、社会側がそれを(日常として)受け入れている」という関係が義肢にも成立すれば「障害者か健常者か分からなくなる世界がある」という考えを示した。

それがもっと進んで義体化が日常になった時、我々の身体に対する考え方はどう変わるのだろうか。テレイグジスタンスの研究でロボットを遠隔操作する南澤氏は、「自分がどこにいるのか、自分のゴーストがどこにあるのか、実体験としてもよく分からなくなる」と言う。その先で、アニメで描かれない非戦闘員の義体使用者が日常的にどんな生活をしているのかに興味を感じるようになったそうだ。

冲方氏も「日常を丁寧に描くことで人物が浮き彫りになるので、描きたい部分」と考え、今作ではサイボーグの食事や結婚式、高齢者が若い肉体を手に入れるといったニーズが日常の一面として描いたと述べた。

"人機一体"のオリンピック『サイバスロン』

稲見氏らを共同代表として設立された「超人スポーツ協会」は、人間の身体を拡張する技術を使ったスポーツを実現することを目指している。

超人スポーツに対して稲見氏が掲げる"人機一体"

これに関連して、2016年にスイスで開催されるテクノロジーを使った競技会「サイバスロン」が紹介された。ロボット技術で強化した義肢を装着し、階段や坂道など障害のあるコースを走るレースや、ブレイン・マシン・インタフェースでアバターを操作する競技など、テクノロジーとそれを操る技術を競うというものだ。

これは競技者だけでなく、観戦者側の環境も変えるものであると、南澤氏は指摘する。競技にテクノロジーが入ることで「世界中の人をバーチャルの世界で繋ぐことができるように」なるからだ。観戦者がプレイヤーにもなり得る環境で、「観客とプレイヤーが融合して、新しいスポーツが生まれるかもしれない」と期待を述べた。

冲方氏はこれを攻殻の世界と照らし、スポーツは「お客さんが盛り上がり、感動があるのがいい」と言う。「テクノロジーの発達をどう描くか、それがいつまでも殺し合いでは頭打ちになる。テクノロジーが悪意を発揮するだけのものではなくなって欲しい」と思いを述べた。

「スポーツ競技は戦いのメタファーとしても成立して」(稲見氏)おり、それは歴史的な意味だけでなく、モータースポーツのように技術面でも競われ、実際の製品にも反映されている。超人スポーツという分野が成立すれば、同様の流れが生まれることも期待できるだろう。

最後に、登壇者から攻殻機動隊 REALIZE PROJECTとして攻殻の世界を実現していくにあたっての目標が述べられた。

遠藤氏:2020年東京パラリンピックの100m走のタイムが、健常者を上回ること。障害者の概念を覆し、普通に社会生活ができるひとつのきっかけを作りたい。

南澤氏:2020年頃には、テクノロジーを使って新たなスポーツがつくられ、みんなでプレイし観戦して楽しめること。

冲方氏:フィクションの世界で、最先端の方々の思いを汲みつつ斜め上を行かなくてはならない。新たな刺激となるものをどう作るか、大きな宿題をもらった気がする。

ディスカッションをモデレートした稲見氏は、「日本の底力のひとつは、ポップカルチャーの強さと、尖ったテクノロジー。それがお互いの世界を刺激しながら進んでいくこと。海外に魅力を発信する大きなきっかけになるのではないか」と述べ、イベントを締めくくった。