「クラウド」や「仮想化」はIT(情報技術)だけの専売技術ではない。Communication、つまり通信分野にもその波は押し寄せており、これらの技術の特性を生かして新サービスのスピーディーな実装やネットワーク効率の改善に役立てる動きが始まっている。

3月はじめ、スペイン・バルセロナで開催された「Mobile World Congress 2015」で、通信機器大手のEricssonはIntel Rack Architecture(IRA)をテレコム向けクラウドシステムに採用したデータセンターシステムを発表した。いま通信事業者のシステムで起こっているのか、Ericssonに話を聞いた。

ネットワークの仮想化を加速するEricsson

MWCで開催されたHDS 8000の発表会では、IntelのCEO、Brian Krzanich氏も姿を見せた

Ericssonは会期中、Intelと提携して開発した「Hyperscale Datacenter System (HDS) 8000」を発表したが、これは通信事業者などテレコム企業のデータセンター向けに設計したモジュラー構造のシステムとなる。

Intelが提唱するIntel Rack Architecture(IRA)に基づくもので、IRAが目指すソフトウェア定義インフラストラクチャのための柔軟なハードウェア構成を特徴とする。これにより、サーバー、ストレージ、ネットワークなどを光回線を利用して相互接続することで効率の良いリソースの利用を可能にするという。

Ericssonはこれに合わせて、「Ericsson Secure Cloud Storage」「Ericsson Continuum」も発表。前者はCleversafeとの提携により実現するWebスケールのデータストレージ技術で、信頼性や安全性を特徴とする。後者は同社が出資するApceraの技術をベースとしており、ポリシーベースのPaaSを支援する。

EricssonのCEO Hans Vestberg氏は発表資料で「ソフトウェアとハードウェアにハイパースケールアプローチを適用し、アーキテクチャとコストの面でデータセンターのコオンセプトを再構築する」と述べている。狙いは、キャリアなどの通信事業者がクラウドで先行するインターネット事業者と同等の機能をすぐに得られるようにすることだ。

これは、テレコム分野で少し前から起こっているネットワーク機能の仮想化(NFV:Network Function Virtualization)やクラウドの活用というトレンドを反映するもので、Ericssonは顧客のニーズに先手を打つ格好となる。通信事業者における仮想化とクラウドについて、MWC会場でEricssonのテクノロジー部門データコム技術担当者バイスプレジデントのMartin Backstrom氏に聞いた。

Intel Rack Architectureベースのモジュラー型データセンターシステム「Hyperscale Datacenter System 8000」

HSD 8000は光回線で相互接続する

HSD 8000の管理画面。ディスク利用、消費電力などを一元的に把握でき最適化できる

――ネットワークの機能を仮想化するNFVはいまどの段階にあるのでしょうか?

Network Function Virtualization(=ネットワーク機能の仮想化)はVirtualized Network Function(=仮想化されたネットワーク機能)と同義で、データ接続技術の中核となるEPC(Evolved Packet Core)、VoLTEなどのIMS(IP Multimedia Subsystem)などの機能を仮想化する技術だ。既存のノードを仮想化することにより、ソフトウェアとハードウェアの結合がなくなる。これにより、ソフトウェアが汎用ハードウェアで動くようになり、その後のクラウド化の土台となる。

オペレーターはコスト面でのメリットに加え、機能を早期に導入できるなどのメリットが得られることから関心を持っているようだ。我々は既存機能の仮想化を進めており、その後に開発される機能は最初から仮想化されるだろう。

ネットワークを仮想化するということは、テレコムネットワークに新しいサービスを高速に導入できることを意味するため、テレコム関連の開発が加速化するだろう。

現在、各社はPoC(概念実証)を進めているところで、EricssonもTelefonicaやKTといった世界中のTier1オペレーターと検証作業を行っている。年内に一部ノードを仮想化するところが出てくるかもしれないが、実運用環境で利用される時期は2016年以降とみている。

最初のステップがノードの仮想化で、その後にネットワークがクラウド化する。これによってアプリケーションを異なるマシン間で動かすことができるようになり、負荷に合わせてサーバーリソースの効率的な利用が可能になる。

――NFVの導入にあたっての障害は? セキュリティへの懸念は?

ベンダーが製品として提供することや、標準化団体のOpen Platform for NFV(OPNFV)によるテレコムノード仮想化の標準化作業がまだ定まっていないことが障害といえば障害かもしれない。ただ、これらの問題は新しい技術の開発期によくあることであり、時間の問題だ。

EricssonのMartin Backstrom氏

――SDN(ソフトウェア定義ネットワーク)も重要なキーワードになっています。

SDNはコントロールプレーンをフォワーディングプレーンと分離することで、ルーターなどのネットワークの設定作業をソフトウェアベースにすることだ。NFVとセットで語られることが多いが、2つは全く別のものとなる。

実際の制御をソフトウェアが行うようになれば、ルーターはソフトウェアの指示に基づきフォワードするだけとなり、これまで数週間から数ヶ月かかっていた作業が分単位に短縮される。これは大きなメリットとなる。

SDNはセルラーネットワークでも利用でき、われわれはすでに「サービスチェイニング」として可能にしている。例えば動画ファイルなどのメディアフローは負荷が大きいものだが、データの内容が最初に分かっていればフォワーディングプレーンのディープパケットインスペクション(DPI、パケットの中身を検査するパケットフィルタリング機能)を解放し、トランスポートを軽くできる。効率化、遅延短縮、動画品質の改善につながる。

ネットワークの多くを占めるのはYouTubeなどの動画サービスだ。メディア配信への対応や効率化はオペレーターにとって大きな課題となっており、このような技術への関心も高い。Ericssonではサービスチェイニングを"サービスプロバイダSDN"として提供している。

固定ネットワークの例では、SDNによりTVサービスで顧客に提供するセットトップボックス(STB)が不要になることが考えられる。STBが行うエンコードなどのコントロールプレーンをTV側で処理し、実際の制御をネットワークで行うことができるからだ。

――これまでEricssonは機器を提供してきた。ソフトウェア主導となることがビジネスにどのような影響を与える?

これまで通りハードウェアを含めてすべてを提供するCertifiedモデル、一部を提供するValidatedモデル、そしてソフトウェアのみを提供するモデルの3つのアプローチをとる。

全体のビジネスからみると、ビジネスモデルはこれまで通りだ。ソフトウェアのみであってもシステムインテグレーション(SI)が必要で、我々はすでにSIで大きな部隊を持っており、大きなビジネスになっている。

NFVやSDNはテレコムネットワークを新しくすると同時に効率化をもたらすもので、われわれはこの変化を同時に進めていく。これはEricssonにとって大きなチャンスとなる。

我々はMWCでHyperscale Datacenterを発表し、データセンター向けのハードウェアからDockerにも対応する仮想化レイヤーまで幅広い技術をそろえる。このレベルの機能を1社でそろえるベンダーはいないと自負している。