会社員にはつらいことが多い。達成困難な売上目標にコミットさせられて休日返上で働かされたり、性格の合わない上司や同僚と協調して働かなければならずストレスを貯めこんでしまったり、会社員として組織の中で働くことの悩みは尽きない。こういったつらい状況に長くさらされていると、会社を辞めてフリーランスになりたいという気持ちを抱く人もいるだろう。

フリーランスにしかない苦労や危険もたくさんある

井ノ上陽一『フリーランスのための一生仕事に困らない本』(ダイヤモンド社/2014年12月/1500円+税)

僕自身もこういった会社員の「理不尽さ」に嫌気がさしてフリーランスになったという経緯があるので、そういう気持ちはよくわかる。しかし一方で、そうやって安易に会社を辞めてフリーランスになりさえすれば幸せが訪れるとは思っていない。実際のところ、フリーランスにはフリーランスにしかない苦労や危険がたくさんある。達成困難な売上目標にコミットしたり性格の合わない上司や同僚と働かなくてもよくなるかわりに、自分の力で生活していけるだけの金を稼がなければならない。その点でたとえ成果を上げることができなくても安定的に毎月給料を得ることができる会社員とは、プレッシャーがだいぶ違ってくる。

それでもフリーランスとして生きていきたいと思うのであれば、今回紹介する『フリーランスのための一生仕事に困らない本』(井ノ上陽一/ダイヤモンド社/2014年12月/1500円+税)が役に立つかもしれない。本書には、フリーランスとして生き残っていくために必要な知識や考え方が載っている。タイトルだけ見ると「一攫千金の秘技」が載っている本のようにも思えてしまうが、中身はいたって真面目で「応用」よりも「基本」にページの多くが割かれている。そういう意味では、近い将来フリーランスになることを考えている会社員が読むと一番発見が多いかもしれない。

「自分のやりたい仕事が、無理なく継続的に入ってくる状態」がゴール

本書のゴールは「自分のやりたい仕事が、無理なく継続的に入ってくる状態」を目指すことだ。これを実現するためには、売上を右肩上がりでひたすらに成長させ、いつかは自分の会社を作って起業をする――といったゴールを目指す場合とはまた違った工夫が必要になってくる。

フリーランスで働きたいと思う人の多くは、会社員のように「自分で自分の仕事をコントロールできない」という状態に嫌気がさしている。フリーランスになった以上、嫌な仕事は断りたいしできれば最初からそんな依頼は来てほしくない。しかし、そういう状態を作り出すのは簡単なことではない。このような状態をつくりだすためには、「自分にしかできない仕事をつくる」ことと「メディア戦略」が重要になってくる。

その中でも個人的に面白く感じたのは、自分のホームページやブログを「売り込みのツール」だけではなく「バリア」として使うという考え方だ。目指す状態はあくまで「自分のやりたい仕事が、無理なく継続的に入ってくる状態」なので、自分に合わない仕事や顧客がついてもつらくなる。「自分の考え方」や「こういう仕事はやりません」という情報を自分のメディアで発信しておけば、最初からそういう仕事の依頼を受けることはなくて済む。フリーランスのメディア戦略には「攻め」だけでなく「守り」も存在するということは知っておくと役に立ちそうだ。

事業の分散と投資の重要性

フリーランスにとって、一番の懸念事項は「食べていくための収入を継続的に得続けられるか」であろう。本書では、この問題への主な対処法として「事業の分散」と「継続的な自己投資」が提言されている。

これはひとりのフリーランスとして、僕も全面的に賛成したくなる主張だ。どんなに稼いでも、収入源がひとつだと不安はなくならない。実際のところ、フリーランスの多くは大口の顧客を失い収入が急に激減することを恐れている。そのリスクを少しでも減らすためには、売上の額だけでなくポートフォリオにもつねに気を配らなければならない。

継続的な自己投資も重要だ。これを行っていかないと、選択肢は狭まるばかりでいつしか「気が進まないが、食うためにはこの仕事を断るわけにはいかない」という状況に追い込まれてしまう。余裕がある時こそ、選択肢を増やすための活動を積極的に行うようにしなければ、本当の自由は手に入らない。

まずは基本を身につけよう

フリーランスの世界には、会社員にはない苦労がある一方で仕事をすべて自分事として捉えることができる(というか、捉えなければならない)という大きなメリットがある。会社員として働くことが他人の人生を生きているようで嫌だというのであれば、フリーランスとして働くことはたしかに有力な選択肢になりうるだろう。しかし、この世界はいい加減な気持ちで生き残っていけるような世界ではない。フリーランスに憧れるのであれば、まずは本書で「基本」の知識を仕入れてみてはいかがだろうか。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。