2014年12月、とある企業が公開した1本の動画がインターネット上で話題となった。サイボウズ OfficeやGaroonなど、グループウェアの開発・販売・運用を行うサイボウズのプロモーションだ。まだご存じでない方は、まず一度通してご覧いただきたい。



ワーキングマザーの現実をありのままに描き、同じような経験をした、もしくは現在している女性たちから、非常に多くのかつ深い共感を集めた。自分自身を振り返る男性のコメントも多い。だが一方で、「企業としてのソリューションがない」や「何を伝えたいのかわからない」など、動画そのものの意義を問う声も上がっている。

この作品はどのような意図で、誰に向けて作られたのだろうか。プロジェクトの全体像について、同社ビジネスマーケティング本部にてコーポーレートブランディング部長 サイボウズLive プロダクトマネージャーを務める大槻幸夫氏にお話をうかがった。

サイボウズ ビジネスマーケティング本部 コーポーレートブランディング部長 サイボウズLive プロダクトマネージャー 大槻幸夫氏

問題提起による情報発信

大槻氏によると、動画制作の目的は、一般の人に向けたサイボウズの認知拡大にあるという。同社では、その目的で毎年エープリルフールにユーモアあるプロモーションを展開し話題を集めていたが、2014年は、これまでと異なる方向性によるコミュニケーション手法を探ることになった。そのテーマにワーキングマザーを挙げたのは、社長の意見によるものだ。

「私たち自身が働き方の改革にずっとチャレンジしてきたので、自信をもって伝えられるテーマであり、社会的にも関心度の高い話題。その点から、みなさんに問題提起のできる情報発信が可能なのではないかと考えました」(大槻氏)

だが、大槻氏はその問題提起を自社のプロダクトに直接結び付けることはしなかった。

「解決方法は家庭の数だけあります。決まった答えを提示すると、ひとごとと思われてしまうかもしれない。子供がいない人にも、同僚や部下などいろいろなシチュエーションに応じて考えてほしい。だからあえて答えを入れず、現状をリアルに描くことで、ディスカッションのきっかけになればいいと思いました」(大槻氏)

グループウェアの導入で安易に解決できる問題ではないことを、長年ワーキングマザーの働き方に取り組んできた同社は理解している。共感を呼ぶシチュエーションは同じでも、解決や改善は一人ひとりの多様性に対応するものでなくてはならない。大事なのは『自分事』化してもらうこと。それを伝えるものにしたかったと大槻氏は言う。

共感というコミュニケーションから

こうした訴求の手法に、制作チームからも当初は戸惑いの声があったという。動画制作に携わったのは、これまで数々のナショナルブランド企業のプロモーションを手掛けた経歴をもつクリエイティブのプロたち。プランナーやプロデューサー、監督・脚本と現場に最も近い役職は、ワーママが担当した。

「『答えを入れなくていいんですか』『商品名を入れなくていいんですか』と何度も聞かれましたが、それでいいと言い続けました。これまでCMは『答え』を提示するメディアだったと思いますが、これに関してはそういうフェーズではないんです」(大槻氏)

機能訴求やソリューションの提示ではなく、問題提起によるコミュニケーションは、成熟市場のマーケティングにおいてしばしば見られる。先端層にはまず機能が重要だが、成熟市場になるとまず企業を知ってブランドに共感してもらう必要があるからだ。

だが、大槻氏は今回のやり方に最初から自信があったわけではないと言う。同社にとっては今までにないチャレンジだ。大槻氏は、選挙に例えて説明する。

「多くの人たちは政策のプロではないけれども、誰か1人を選ぶ。そのときに根拠となるのは政策よりも、経験的に『信用できる』と思える要素がその人にあるかどうか。だから、グループウェアに詳しくない人たちに対して、機能ではなくサイボウズをこうした課題に真剣に取り組んでいる企業だと知ってもらうことが大事だと考えました」(大槻氏)

ネット時代に動画で伝えるということ

公開してみれば、その反響は予想を超えるものだったという。ニュース系Webサイトやテレビ番組で紹介されたことをきっかけに再生回数は跳ね上がり、その後は口コミだけで拡散し、1本目の動画は約1カ月半で67万PVを超えた。年末年始のテレビCMや、映画「妖怪ウォッチ」にシネアド(映画館での本編上映前に流れる広告)を打ち、そこからも反響があった。

動画の特設サイトにはSNSのコメントを表示できる仕組みを設け、批判も含めて逐次流しこんでいる。また、自社メディアに掲載した社内のさまざまな取り組み事例やインタビューも公開する。

「動画で描いたような現状が良いと言っているわけではなく、これを変えたいと思っている。完成品ではなくきっかけとして作ったものなので、批判も意見の一つ。だから区別せず掲載しています」(大槻氏)

「同社の取り組み」という裏付けがあるからこそ、問題提起も説得力を持つ。批判を含め多数の意見が集まったことで、動画は期待した役割を果たしてくれたと言えるだろう。2分半という長めの動画がどこまで視聴されるか不安はあったが、再生完了率は7割に達した。アクセスの約8割がスマートフォンからであることも特徴的だ。


「中身が良ければ見てもらえる。共感を呼ぶ手段として、可能性を感じました。企業姿勢を知って頂くため、今後も力を入れたいと思います」(大槻氏)

今回のプロジェクトは、土台となるメッセージと、それを最も強く伝えられる表現手法、そして反応を受け止める姿勢があって成立したものだった。大槻氏は、今回の手法を試みて得た知見を、今後のマーケティングに活かしていきたいと話す。

そして、ワーキングマザーの働き方というテーマについて、同社の取り組みは今も続いている。