1月13日にフジテレビが無料見逃しサービス『プラスセブン』をスタートした。これはドラマやバラエティなどの「対象番組を放送終了後1週間、無料視聴できる」「パソコンやスマホなどのさまざまなデバイスでいつでも見られる」というもの。"視聴者の利便性を上げるためのサービス"であることは間違いない。

これまでテレビ局の見逃し配信と言えば有料の「オンデマンド」が主流だったが、昨年1月に日本テレビが、10月にはTBSが同様の無料配信を開始するなど、その動きは加速化している。昨秋には、「在京キー5局でまとまって実施する」という民放連のコメントも発表された。これは「テレビ朝日とテレビ東京も無料見逃し配信をはじめる」ということに他ならない。

気になるのは、「放送直後の番組を無料で見られる」のなら、「ますますリアルタイムで見る必要がなくなってしまう」ということ。"視聴率を基準にした広告収入が生命線"の民放各局が、なぜ自らの首を絞めるようなサービスをはじめているのか? そこにはさまざまな事情と思惑が見え隠れしている。

「見てもらえさえすれば…」現場の想い

ネットそのものやスマホが普及したのは周知の通りだが、その他の影響もあってリアルタイム視聴の機会が減り、視聴率は軒並み低下。メディア接触がネット中心の人々から、「テレビはつまらない」「わざわざ見ない」という声を聞くようになって久しい。

しかし、テレビ局関係者はコンテンツへの自信は失っているわけではなく、「見てもらえれば絶対に良さを分かってくれる」と考えている。それ以前に「最近はどれくらい見てもらっているのか分からない」というのが正直なところか。かつては視聴率のベースが高く、ネットも普及していなかったため、「見てもらっている」という手応えがあったが、このところはそれがなく、「自分たちへの評価指標が視聴率しかない」ことに不満や不安を抱えているのだ。

その点、無料見逃し配信の再生回数は、今年本格化する「タイムシフト(録画再生)視聴率」とともに、制作現場の励みになるだろう。実際、私が制作現場でヒアリングしたスタッフたちは、ほとんどの人が無料見逃し配信を好意的に受け止めていた。

とりわけ無料見逃し配信における"連続ドラマの視聴率対策"という役割は大きい。基本的に連続ドラマは、初回が最高視聴率になり、よほどのヒット作以外は右肩下がりになることが多く、それを補完するための「追っかけ配信」であることが分かる。

「自宅でリアルタイム視聴できる日は限られている」上に、「『録画してまで見るつもりはなかった』という人も取り込める」など、無料見逃し配信のメリットは大きいのだ。大幅な視聴率アップこそ望めないものの、無料見逃し配信がリアルタイム視聴やタイムシフト視聴につながることは予測できる。

スマホでの視聴と広告にピッタリ

そもそもテレビコンテンツとスマホの親和性は高い。画面が小さいスマホは、静止画や文字での訴求に限界がある。一方の広告主は、「視聴者に強い興味を抱いてもらうために、訴求力の高い動画CMを出したい」というのがホンネ。そして動画CMの配信先は、「玉石混交のネット動画ではなく、より魅力的で安心なテレビコンテンツがいい」ということになる。

さらに、テレビ局側の事情として考えられるのは、動画配信でも「CMを飛ばされない技術がすでにある」ため、広告主への申し開きができること。言わば、「無料視聴でCMアリ」という従来のテレビ放送と変わらないため、スポンサー対策の面でも問題ないのだ。

また、各局を悩ませてきた"違法動画対策"の側面もチラリ。テレビ局が配信する動画は、当然ながら画質が良く、視聴者も後ろめたさを感じずに見られるため、わざわざ違法動画を選ぶ必要がなくなる。「スマホの接触時間が長く、テレビ視聴習慣の少ない」若年層を開拓する意味も含め、無料見逃し配信はごく自然の流れと言えるだろう。

カギは柔軟なコンテンツ選び

無料見逃し配信の課題としては、「コンテンツ選びとラインナップの充実化」「地方局と放送日が異なる番組への対応」「芸能事務所との契約・権利関係の問題で放送できなものがある」「配信期間が1週間程度と短く、ニーズに応えきれていない」などが挙げられる。

とりわけコンテンツ選びは、まだまだ試行錯誤の段階。前述した連続ドラマは、視聴者にもテレビ局にもメリットの大きいコンテンツだが、それ以外の取捨選択が難しい。たとえば、現在テレビコンテンツの主流であるバラエティは、どれをどのような形で配信すべきなのか、誰も答えを見つけられていない。

また、「放送時間の長さ調整」という課題もある。ネット動画の大半はわずか数分のものが多く、移動中や空き時間での視聴を考えても、テレビコンテンツをそのまま配信したら長すぎるのだ。テレビ局側の対応としては、「コンテンツをコーナーやブロックごとに小分けして、短時間の見やすいものにする」などの対応が求められるだろう。

いまだ"放送時間枠"や"改編"などの習慣にとらわれがちなテレビ業界の人々が、どこまで柔軟な対応を見せられるのか、期待して見守りたい。

無料見逃し配信用のアプリも登場

驚くのは、無料見逃し配信の流れが、地上波の民放5局に留まらないこと。無料BS局の『Dlife』『TwellV』も見逃し配信を行っているのだ。とりわけ『Dlife』は、1月14日に見逃し配信機能を備えたアプリをリリースするなど意欲的。しかも認証に関する登録は不要で、海外ドラマやバラエティなど100本を超えるコンテンツがそろい、アプリ先行&限定もあるから、万全と言っていいだろう。

さらに、アプリにはリアルタイム視聴につなげるためのリマインダー機能や番組表も搭載されている。つまり、「現状では最高ランクの使い勝手を備えつつ、テレビ局側にもメリットがある」という画期的な試みなのだ。

地上波・BSを問わず各局が、「今は視聴者の使いやすさを追求して、テレビコンテンツの良さを再認識してもらう時期」と腹をくくっているのかもしれない。ネット配信業者や一般人の動画は存在感が増す一方であり、それらに対する危機感の表れとも言えるだろう。

お金を払うのは「品質と使い勝手」次第

動画コンテンツとデバイスの多様化によって、「質の高いものを、好きな場所で、好きなときに見られるのなら、視聴者がお金を支払う」という時代になった。裏を返せば、「テレビ局側が決めた番組表で放送しているだけでは、お金を支払ってもらえなくて当然」ということなのかもしれない。

しかし、時代は変わっても、テレビ局のコンテンツ制作力がメディア随一であることは、無料見逃し配信の反響や閲覧数の多さが証明している。「何でもアリ」のネットに混ざれば、おのずと際立つ形になるのだが、今後はネット動画配信会社などもコンテンツ力を上げてくるだろう。

もはやテレビ局にとってのライバルは他局だけではなく、それだけに競争は激しい。だからこそ制作現場のスタッフたちが、長年培ってきた力を存分に発揮することで、スーパーコンテンツが誕生するような気もする。

■木村隆志
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴する重度のウォッチャー。雑誌やウェブにコラムを提供するほか、取材歴1000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書は『トップ・インタビュアーの聴き技84』など。