新年となりました。ちょっと遅いかもしれませんが、あけましておめでとうございます。長い冬休み、どこかに出かけた人も多いと思いますが、混雑や旅費を考えてこれから旅に出るという人もいるのではないでしょうか。特に3月は卒業シーズンですから、卒業旅行を今から計画している学生さんも多いことでしょう。

そんな旅好きの皆さんはもちろん、これまであまり旅行に興味がなかったという人にも、ぜひおすすめしたいのが旅漫画。旅の魅力がぎゅっと詰まった作品を、電子貸本サイトRenta!から厳選して紹介します。

『わびれもの』(竹書房刊)

わびれもの

まずは小坂俊史先生による旅エッセイ『わびれもの』。小坂先生といえば「4コマ王子」と呼ばれる人気4コマ漫画家ですが、『わびれもの』は4コマではなく、作者にとって初のエッセイコミックとなります。

もっとも、そこは小坂先生ですから、普通の旅エッセイとはちょっと違います。『わびれもの』というタイトルも独特ですよね。実は本書は、有名観光地ではなく、日本全国の「わびれさびれた名所」を紹介する、ちょっぴりマニアックな一冊なのです。

「わびれさびれた名所って何?」と思いますよね。それはつまり、相模湖だったり、美川ムーバレーだったり、鉄道ファンの間で有名な飯田線だったりといった場所のこと。「わびれさびれ」というくらいなので、決して人の多い場所ではなく、電車も本数が少なく、というかそもそも観光地ですらない場所も多いのですが、だからこそ普通の観光地にはない面白さがあるのです。

そうした場所の魅力をうまく引き出してくれるのが、小坂先生ならではの軽妙な語り口。実際に現地を旅する過程を描きながら、素朴な感想と鋭いツッコミで"わびれもの"の空気感を伝えてくれています。

個人的なおすすめは「ブルートレイン」編。ブルートレインといえば、定期運行する最後の"北斗星"が2015年3月のダイヤ改正により廃止されることが先日発表されたばかり。それを知ってから読むと感慨もひとしおです。……もっとも、『わびれもの』で紹介されているのは、やはり当時廃止が決定していた"富士・はやぶさ"なのですけど。

この回では、少ないページ数ながら、寝台特急での旅の魅力がよく伝わってきます。4人ボックスのB寝台に乗り込んだ小坂先生と、同情したメンバーとの交流、そして車内の灯りが消えて夜の街を走る夜行列車ならではの旅情。24時を過ぎたあたりで、満員の帰宅客を詰め込んだ新快速列車とすれ違う場面での「改めてこの中には違う時間が流れていることを実感する」という一文が、どこか人生にも似た旅の醍醐味を的確に表しています。時折飛び出す鋭いセンテンスが、小坂エッセイならではの切れ味です。

普通の旅に飽きた人も、そうでない人も、ぜひ本書で日本各地に点在する"わびれもの"の魅力を知ってほしいと思います。

『アジアをふたりで歩いてみた』(実業之日本社刊)

アジアをふたりで歩いてみた

続いての作品はがらっと雰囲気を変えて海外! そして、わびれではなく、わりと一般的な観光地を歩く旅エッセイコミックを紹介します。サブタイトル「中性おじさんと男の子の旅行記~」とは、本書の著者である新井祥先生と、そのアシスタントで旅のパートナーであるコウ君のこと。

先に説明しておくと、新井先生は女性として生まれ育ったものの、染色体の関係で体が徐々に男性化。メンタルも男性に近くなってきたことから、男として生きることを決意したという経歴の持ち主です。一方のコウ君は、漫画の専門学校で教師をしていた新井先生と出会い、アシスタントとして働くことになった青年。こちらも中性的な見た目ですが、男性です。

もともと旅好きで、世界のあちこちを旅行してきた新井先生ですが、普段の4コマではなかなか旅ネタをがっつり描く機会がなく、ネタがたまっていたとのこと。それを旅エッセイとして執筆したのが本書ということで、これはもう面白くないわけがない!

2人が訪れる観光地は一般的な場所が多いのですが、注目すべきは、やはり性別の話です。女性だったときにもアジアを旅行していたという新井先生ならではの視点で、「女性として訪れたとき」と「男性として訪れたとき」の違いが描かれていて、これはすごく貴重な話。なかなか男女両方の立場で物事を見ることってありませんからね。

男女の中間として生きる新井先生とイケメンアシスタントのコウ君、絶妙なコンビが送るアジア旅行記をぜひお楽しみください。

『鉄道少女漫画』(白泉社刊)

鉄道少女漫画

BL作品でも有名な中村明日美子先生による、旅漫画。……といいたいところですが、これを旅漫画というジャンルに入れるのは何か違う気がしますね。どちらかというと、旅よりも「鉄道」成分が強いです。でも、これはぜひ読んでほしいので、あえて旅漫画としておすすめします!

本作では小田急線を舞台に、車内、駅前、駅構内、情景模型など、鉄道周辺を絡めた物語がオムニバス的に展開されます。

中村先生というと、どうしてもBL漫画のイメージが強かったのですが、これを読んで改めて「すげえ……」とため息。

何がすごいって、めちゃくちゃ面白くて、心が熱くなって、ほろりとさせられて、時には「そうくるかー!」というミステリー的な"やられた感"も味わえるのです。個人的に好きなのは、スリの女の子ととある若夫婦の奇妙な関係を描いた「浪漫避行にのっとって」と、駅構内で終電を逃した二人の女性を描く「夜を重ねる」。後者の方は何を書いてもネタバレになりそうなので説明が難しいのですが、ぜひ読んでもらいたい一本です。

最後まで見ると、まるで上質な映画を一本見たような満足感が得られる『鉄道少女漫画』。派手な作品ではないけれど、おいしいコーヒーでも飲みながら静かな夜にどうぞ。