人間であれば誰だって、他人から好かれたいと思っているはずだ。社会の中で生きていく以上、他人と関わることは避けられない。他人とうまくやっていくためには、自分の利益だけではなく相手の利益にも気を配り、時には自分の意思を押し殺して相手の希望を優先させることも必要だ。自分のことばかり優先しすぎて、嫌われてしまうとコミュニティの中では生きづらくなる。

しかし一方で、他人から嫌われないようにと気を使いすぎるのも問題だ。他人から嫌われることをおそれるあまり、他人のいいなりになって自分がやりたいことをすべて我慢してしまう人がいる。他人から依頼された仕事はすべて引き受け、行きたくない飲み会にも誘われたら必ず出席する。周囲からは「いい人」だと思われているが、自分の人生を生きている感じがあまりしない――。

今回紹介する『もう「いい人」ぶるのはやめて楽になりなさい』(ジャキ・マーソン/SBクリエイティブ/2014年9月/1400円+税)は、そんな「いい人」であり続けることに疲れてしまった人にぜひ読んでいただきたい一冊だ。

「いい人の呪い」のせいで、骨折を10日間我慢

ジャキ・マーソン『もう「いい人」ぶるのはやめて楽になりなさい』(SBクリエイティブ/2014年9月/1400円+税)

本書の著者であるジャキ・マーソンも、かつては「いい人の呪い」にかかっていたという。本書の冒頭に彼女自身のエピソードが挿入されているが、読んでみると彼女がいかに「いい人の呪い」に苦しめられていたことがわかる。ここで、エピソードの内容を簡単に紹介してみよう。

ある日、彼女はいとこの娘の誕生日パーティに参加する。ダンスの最中に誤って転倒して腕を痛めるが、周りの人に心配をかけてはいけないと考え、その場は笑顔で「大丈夫」と答えてしまう。翌日になっても痛みはひかないが、救急外来のスタッフを煩わせてはいけないと考えて病院にも行かない。それどころか、腕を痛める前にした約束どおり子供をつれて友人の家を訪ね、痛みを我慢しながら笑顔で子供たちと一緒にボートを漕ぐ(友人には「腕が痛いなら漕がなくていい」と言われるが、彼女は自分だけ漕がないのは申し訳ないと考えて痛みを堪えて一緒に漕いだ)。いよいよ我慢できなくなって救急外来を訪れた時には、最初に腕を痛めた誕生日パーティから10日が経過しており、そんなに長い期間痛みを我慢しつづけていたことに呆れられる。ちなみに、腕は見事に骨折していた。

この一連の彼女の行動の裏には、つねに「自分のことで他人に迷惑をかけるのは申し訳ない」という考えがある。彼女のように骨折を10日間放置するというのは行き過ぎな気もするが、彼女と同じように考えてしまい自分の意思をうまく他人に伝えられず、モヤモヤとした気持ちを抱えている人は少なからずいるのではないだろうか。そう考えると、必ずしも他人事だとは言い切れない。

彼女はこの骨折事件がきっかけとなり、自分が「いい人の呪い」にかかっていることを自覚して、いい人をやめる決意をする。本書で紹介されている「いい人をやめるためのトレーニング」は、そんな彼女自身の経験が反映されている。

「いい人の呪い」は過去の経験によって形成される

ジャキ・マーソンの考えによると、「いい人の呪い」にかかってしまうかどうかは、DNAによって生まれながらにして決められているわけではなく、過去の経験によって形成されたルールによって決まるそうだ。このルールを、認知行動療法の分野では「硬直した個人ルール」と呼ぶ。

ジャキ・マーソンの場合の「硬直した個人ルール」は、「大げさに騒がない」というものだった。彼女は子ども時代、たびたび母親から「大げさに泣くんじゃありません」という注意を受け、それを守ることができると「偉いわね」と言って褒められた。この過去の経験が大人になってからの彼女の行動を無意識的に支配し、彼女は骨折をしても他人に助けを求めることができなかった。

大切なのはこの「硬直した個人ルール」を無意識の領域から意識の領域まで引き上げて、意識してルールを破るトレーニングをすることだ。時には、他人の期待に背いてNOを言わなければならないこともある。その選択ができるようになって、はじめて人は「いい人の呪い」から解放される。

豊富なケーススタディとトレーニング

本書の大きな特徴は、ケーススタディとトレーニングの量が豊富であることだ。「いい人の呪い」と一言で言っても、悩みのパターンは人によって様々である。それでもこれだけ様々なケースが載っていれば、きっと自分と似ているケースを発見することができるだろう。

「他人の期待に応えようとして逆に疲れてしまっている」という人は、読んでみてはいかがだろうか。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。