飛行機が出発する際、ヘルメットにつなぎ姿の人たちが手を振って見送りをしている様子を目にしたことはないだろうか。彼らはグランドハンドリングや整備士などの地上職スタッフなのだが、「あの整備士は"ライン"なんですよ。私は"ドック"なんでできないんです」とANA・ドック整備部の村田勇人さん(入社歴9年)が教えてくださった。"整備士"と一口に言っても、その業務は実に多様。そこで今回、現役の整備士に整備士の実態をうかがってみた。

格納庫がよく似合う整備士だが、実は仕事場はいろいろある

女性整備士は約200人

ANAにはグループ会社も含めて、整備部門に所属しているスタッフは約4,700人おり、そのうち約200人は女性だ。海外の航空会社に比べると女性整備士は少ないものの、ドラマなどの影響もあり、徐々に増えているという。整備士といえど、ANAは総合職技術職で採用しているため、キャリアプランの中には整備の現場以外の業務もある。

直接整備を行う業務としては、各空港で飛行ごとに到着した航空機を出発までに点検・整備する「運航整備部門」、機体を格納庫にドックインさせて定期点検・整備をする「機体整備部門」、航空機の頭脳となる電子機器や計器など装備品の点検・整備をする「装備品整備部門」、そして、航空機の心臓であるエンジンを点検・整備する「原動機整備部門」がある。

一方、整備の現場以外にも、「品質保証部門」「技術部門」「機体計画・部品計画部門」「戦略部門」など、整備センターの企画・業務推進を担当する業務もある。ANAの総合職技術職で採用された場合、3カ月の総合職研修を経て整備部門に配属され、現場で培ってきた知識を生かして整備センターなどでの業務を担うことが一般的らしく、10数年後も整備の現場に残るスタッフは全体の1割程度という。

"ライン"は主に点検、"ドック"は主に整備

冒頭のコメントにあった"ライン"と"ドック"だが、整備士たちは「運航整備部門」の業務を"ライン"整備、「機体整備部門」の業務を"ドック"整備と呼んでいる。私たちが空港で見かける整備士は"ライン"の整備士であり、"ドック"の整備士はその姿を空港で見かけることはほとんどないという。実際、両者の業務内容は大きく異なっている。

"ライン"整備は運航整備の名の通り、飛行ごとに行う。航空会社にとって大切なサービスのひとつである「定時性」に直結しており、例えば、737クラスの飛行機であれば約30分、777クラスでは50分をひとつの目安にして点検・整備をしている。

一方、"ドック"整備は1週間から長い時は1カ月程度、飛行機の翼を格納庫(ドック)に休めて、多くのパネルや機内のシートも取り外し、本格的に整備を行う。村田さんいわく、「"ライン"では点検がメインで、"ドック"では整備がメイン」だそうだ。

ドック整備部の村田勇人さん(入社歴9年)は777、737、787の3つの整備資格をもっている

ANAの定期点検の目安を簡単に説明すると、運航整備は飛行の度に、A整備(飛行時間: 375~600時間)は15人程度の整備士が6時間ほどかけて整備、C整備(飛行時間: 3,000~6,000時間)は各部品を取り外して約1~3週間ほどかけて整備、HMV(ヘビーメンテナンスビジット、飛行時間: 4~5年)は機体構造の点検や防蝕(ぼうしょく)作業など長期使用にともなって発生する整備を行っている。

村田さんは総合職研修後、"ドック"整備を担って9年目になる。"ライン"整備の整備士は各空港にいるが、"ドック"整備の整備士は格納庫がある空港のみとなる。ANAの場合、格納庫がある空港は成田と羽田、そして伊丹であり、"ドック"整備の整備士はこれらの空港に勤務している。ちなみにANAは、1993年に設立された7機を収納できる格納庫と、2010年に設立された3機を収納できる格納庫を羽田に設けている。

整備士にもデスクワークがある

では実際、整備士の1日はどのように始まりどのように終わるのだろうか。"ドック"整備での業務を村田さんにうかがったところ、一般のビジネスマンとは違い、ANAの整備士は早出2回・遅出2回の4日勤務に2日休暇というシフト制をとっている。

早出は8:20から1時間の休憩を挟んで17:20に業務終了、遅出は15:00から1時間の休憩を挟んで24:00に業務終了となる。なお、成田や伊丹は24時間空港ではないが、フライトがない間も格納庫内での業務は行われており、場合によっては"ドック"整備の整備士も"ライン"整備の業務を担うこともあるという。早出を例にすると、8:20からの朝礼と各作業グループでのブリーフィングの後は、途中昼食を挟んで整備を行い、作業撤収・整備記録の書類整理をして業務を終える。

ANAの整備の現場で2013年より始めた取り組みとして、「アサーション」というものがある。整備部門での「アサーション」は「お互いを尊重した上で発展的・協調的に意見・指摘すること」という意味だが、特に整備の現場ではそうした関係が重要になるそうだ。

チームで万全の整備体制を築くために、「アサーション」を合言葉にしている

何万という部品からできている飛行機は、たったひとつの部品の不具合や欠落でも安全を損なう可能性がある。整備現場での小さな気づきが、重大インシデントを防ぐと言っても過言ではない。そのため、年齢や性別も異なる現場の中で、どんな小さな気づきでも発言・共有できるような雰囲気づくりを一人ひとりが心がけているという。

なお、現場にいる整備士にもデスクワークはある。シフトは1カ月前に確定するが、整備する飛行機は前日に知らされるため、整備作業の前にデスクワークをする整備士も多いという。飛行機がドックインするまで、"ライン"整備では部品交換や不具合修復など日々いろいろな整備作業が行われており、"ドック"整備ではその記録などから不具合の兆候を把握し、事前に対策や予防整備を検討している。

飛行機の状況などをデスクで確認することも

「"ライン"だったらどんな不具合がありそうか、"ドック"だったら再発はないかなど、記録を回収してチェックします」と村田さん。飛行機の「安全性」「定時性」「快適性」を支える整備士の業務は、こうしたチェックの積み重ねが根本にあるようだ。