航空業界の地上職のひとつに、「グランドハンドリング」という業務があることをご存知だろうか。航空機の到着・出発に伴う地上作業のことであり、通称"グラハン"と呼ばれている。世界最高クラスの定時到着率をたたき出しているJALの裏には、乗客と接することのないグランドハンドリングの存在も大きいという。そんなJALでは、技術の向上とともに"グラハン魂"を熱くさせるコンテストを実施している。

JALが誇る世界最高クラスの定時到着率の影に彼ら"グラハン"たちの姿がある

JALだけが実施するコンテスト

10月30日に羽田空港のメンテナンスセンターで実施されたコンテストは、今年で2回目になる。JALでは全国の整備士が競う「技能オリンピック」や全国のグランドスタッフが競う「空港サービスのプロフェッショナルコンテスト」などを実施しているが、こうした取り組みは他社でも行われている。しかし、グランドハンドリングのスタッフが競うコンテストはJALだけだという。

コンテストはJALのグランドハンドリングを委託しているJALグランドサービスが主催し、安全性や業務の的確さを競いながら、互いに学びあうことを目的にしている。JALは全国に5,000人以上のグランドハンドリングのスタッフがおり、同コンテストには各空港で選抜された国内26空港の42人が参加。若手の成長を促すために入社歴15年以内を条件にしており、今年は入社1年目の新人も参戦していた。

各空港から参戦。1年目の新人や女性の姿もあった

また、まだ5%程度と少ないものの、JALには女性のグランドハンドリングスタッフもおり、会場には女性の姿も見受けられた。「グランドハンドリングは力仕事でもあるため、男性の方が適していると思われがちですが、繊細さや丁寧さで女性ならではの技術も高く評価されています」(JAL グランドハンドリング・ロードコントロール企画部 諏訪次郎グループ長)と言うように、空港地上業務でも女性の活躍が期待されているようだ。

昨年優勝した那覇空港(沖縄エアポートサービス)が優勝盾を返還。昨年は2部門の総合で勝者を決めたが、今年は各部門でそれぞれ審査・表彰を行った

制限時間付きでよりリアルな審査

コンテストは9空港が参戦した初開催の昨年度と同様、貨物を機内に詰め込む「搭載部門」とコンテナを移送・搭載する「車両部門」を実施。大きく変更した点は競技に制限時間を設けたことで、参加者はよりリアルな環境で技術を競うことになった。「勝負は勝負。お客様を想う気持ちを体現し、JALの"グラハン魂"をしっかり見せつけていただきたい」というJAL代表取締役副社長の佐藤信博氏によるメッセージで、コンテストは幕を開けた。

培ってきた技術の披露を選手宣誓で誓う

「JALの"グラハン魂"を」と、JAL代表取締役副社長の佐藤信博氏が激励を送る

「搭載部門」は、コンテナに搭載されている貨物を自分の判断力を使って可能な限り多く、機内に見立てた別のコンテナへ搭載するというもの。機内に見立てたコンテナに搭載する人が競技者で、貨物を競技者に渡す人は競技者の指示を受けて作業をサポートすることになる。

実際にコンテナへ搭載できる量よりも多くの貨物が用意されており、制限時間は5分と決められている。貨物は形状の違いのほか、天地無用のものや実際には搭載不可のもの、破損物もある。それらを的確に判断できるかも審査ポイントとなっている。また、機体に搭載する場合、天井から2インチ程度スペースを空けなければならず、振動で貨物が損傷を受けないように、重い貨物はコンテナの下の方へ搭載しなければならない。こうした様々な観点から、10人の審査員が一人ひとりの技術を審査する。

「搭載部門」では、右の貨物を機内に見立てた左のコンテナの中に搭載していく。競技者は左の人で、右の人はサポート役

制限時間は5分

搭載前にコンテナをチェック。残留物があれば審査員に声をかける

ラベルや天地もチェック

破損物や搭載不可のものは搭載せずに別対応をする

時間になったら途中でも終了する。人によって積み方も異なる。審査後は、緊張から開放されて笑みがこぼれる

競技終了後、貨物量や安定した積み方になっているかなどを審査員がチェック

会場の裏では、貨物を換えたり残留物を入れたりと、一人ひとり違う状況にセットしている

一方、「車両部門」は「搭載部門」と違い、2人1組で行う。ひとりはコンテナを載せるための台(ドリー)を接続したトーイングトラクター(TT)に乗り、バックしながらクランクを通過し、コンテナをドリーに載せる。もうひとりはコンテナを機体に搭降載するハイリフトローダー(HL)に乗って、機体に見立てたラダーのそばで荷役状態にする。コンテナを搭載したドリーをHLに装着できたら、機体のサブデッキの高さまでメインベットを上げる。この作業を10分以内に行うのだが、基準タイムの6分を境に加点・減点となる。

TTでバックをすることは実際でもよくあることのようだが、ドリーを接続してクランクを通過することはあまりない状況だという。諏訪グループ長自身、ここで脱落するチームもあるかもしれないと思っていたようだ。審査では車両の運転技術・姿勢のほか、誘導や相互確認行為なども審査ポイントとなっているため、チームで的確に作業を行う技術も大切になっている。

「車両部門」の主役のひとりのトーイングトラクター(TT)

コンテナを載せたドリーをTTでけん引する

コンテストは勝敗だけが重要ではない

コンテストの間、参加者は席を立って審査の行方を見守っており、他の参加者が競技をしている様子を写真に収める人もいた。実際、このコンテストは勝負ではあるものの、互いの技術を学び合う場でもある。前日には、機体に荷物を固定するタイダウンベルトの競技も行われたそうだが、特にタイダウンが正確で素晴らしかった参加者に、競技の最後にもう一度実践してもらい、技術を学びあう時間も設けられたという。

グランドハンドリングそのものには特に航空法などで定められた規制はなく、各航空会社によって運営体制が異なる。JALでは過去の事故事例も記した手順書でスタッフに指導をしているが、各空港の周辺状況や各個人によって技術的な違いは生じる。コンテストには各空港の腕利きが集結しているので、日々の業務を見直すきっかけにもなるのだろう。

諏訪グループ長は、「弊社は再建後、どうすれはよりよいサービスが提供できるかを考えてまいりました。グランドハンドリングはお客様の荷物を安全にお届けすることはもちろん、時間通りに飛行機を運航させるためにスピードや的確さも求められます。このコンテストでは、互いに優れた技術を学びあうとともにほめあうことで、より一体となった"JALブランド"を感じ取ってもらえればと思っています」と言う。

ほかの人の審査の行方を真剣なまなざしで見守る参加者たち

実際に目の前でグランドハンドリングの様子を見ることはあまりないだろうが、スタッフは常日頃から一つひとつの作業に対して、「よし!」と声だしをしながら確実に作業を進めているという。グランドハンドリングはこのほか、航空機を駐機場に誘導するマーシャリングや航空機への燃料給油など、様々な業務を担っている。CAやパイロットほど華やかなイメージはないかもしれないが、こうした作業が航空会社の快適さ・安全さにつながっていることにも心にとどめておきたい。