ヤマネコというと、「イリオモテヤマネコ」や「ツシマヤマネコ」という名前が思い浮かぶだろう。今回は、対馬にしか生息していないというツシマヤマネコはいったいどんなネコなのか、生態と、現在行われている保護活動についてご紹介しよう。

ツシマヤマネコとは

ツシマヤマネコは、その名の通り野生では長崎県の対馬にのみ生息するヤマネコの一種だ。日本国内に分布するヤマネコは、沖縄のイリオモテヤマネコと、このツシマヤマネコの二種のみであり、どちらもネコ科のベンガルヤマネコ属に分類されている。

ツシマヤマネコは、その中でも中国東北部や朝鮮半島、アムール川流域などに生息するアムールヤマネコの亜種ということになり、その祖先は約10万年前に当時陸続きだった大陸からやってきたと考えられている。

長崎・対馬にのみ生息するツシマヤマネコ

ツシマヤマネコの特徴

ツシマヤマネコの特徴は、体全体が灰褐色で灰色や赤茶色の小さな斑点を持ち、体長は50センチ程度でやや胴長短足の体つき。丸みのある耳の裏にも白い斑点がある。額はタテジマ模様になっていて、尾はイエネコよりも太く立派。山中の森林や水辺などが主な生息環境だが、集落の近くの田畑にやってくることもある。

田んぼに現れることもあり、地元では「田ネコ」などと呼ばれることも

性格と生態

精悍な顔つきをしており非常に警戒心の強い性格で、日没から夜中、明け方にかけて行動することが多いものの、人気のない場所には昼に現れることも。メスはおよそ1~2キロの範囲内で生活するという定住性の強さがある一方、オスは繁殖のためもあってか行動範囲が広く、冬などには7~8キロにも及ぶとされている。糞の調査からネズミ類や野鳥、昆虫などの動物を捕食していることが分かっているほか、イネ科の植物もよく食べており、これは胃腸のコントロールのためと考えられているそう。

用心深く警戒心が強い

生息数は100頭ほど

対馬は耕地面積が少なかったこともあり、かつては山の中にも田畑が開墾され、穀物などが広く栽培されていた。そのためヤマネコのエサとなる小動物も多かったが、森林の伐採や開発が進むにつれて生息数が減少。交通事故による死傷や野良猫からのネコエイズの感染といった原因もあり、近年では絶滅が危惧されている。現在、対馬の南半分ではほとんど生息していない状況となってしまい、生息数は100頭くらいと言われている。

国内希少野生動植物種に

1971年には国の天然記念物指定を受け、その後1994年には国内希少野生動植物種に。国や県、関連団体が協力しての生息調査や保護活動などが展開され、同時に全国の動物園などで飼育下での繁殖事業も行われているが、引き続き予断は許さない状況と言えるだろう。

NPO法人ツシマヤマネコを守る会の取り組み

そんなツシマヤマネコの保護を目指して活動する団体の一つが、NPO法人ツシマヤマネコを守る会だ。今から21年前の1993年1月に十数名で結成され、2007年4月にNPO法人格を取得。現在の正会員数は約350人にまで増えている。

同会では、保護活動の一環として生息調査や保護区の用地借り上げと整備、保護の普及啓発などを実施。借り上げた土地でソバや大豆なども耕作し、ツシマヤマネコのエサとなる小動物や野鳥の繁殖を目的とした環境づくりに取り組んでいる。

借り上げた土地で耕作を行ってヤマネコのエサとなる小動物の繁殖を目指す

同会の山村辰美会長は、ツシマヤマネコを守る活動のきっかけについて「1972年の11月だったと思います」と大きなヤマネコに出会った経験を振り返る。「椎茸栽培をしていた父の手伝いをしていた時、今では見られないほど大きなヤマネコを30メートルほどの近さで見かけました。おそらく流れる水を飲みに来ていたのだと思いますが、私たちは大木の陰に隠れて、しばらく立ちすくむヤマネコを見ていました。その時のことは今でも昨日のように覚えていますが、それ以降あのような大きなヤマネコは見たことがありません」

対馬にはかつてカワウソも昭和30年代くらいまで各地に生息していたというが、それが何の証拠もなく消えてしまったそう。「今度は対馬にしかいないヤマネコの番だと思っていたので、その前にヤマネコは写真で残そうと自分で試行錯誤して撮影を始めました。環境庁では生息調査も始まって、それに協力もしていましたが、減少していることが分かっても調査ばかりで保護とはまだ程遠く、地元のものとして何とか保護してやらねばと考えるようになりました」と山村会長。

保護活動の現状や課題についても伺ってみた。「ヤマネコが減少した大きな要因はエサと考えられます。減少する以前、対馬では全体的に木庭作などが行われ、山には麦、ソバ、サツマイモなどの耕作が島全体で行われ、ヤマネコのエサとなる小動物、コウライキジなどが現在では考えられないくらいたくさんいました。それが、高度経済成長期に入ってから木庭作などされなくなっていきました。山の段畑は荒れる間もなく国からの補助で人工林に変わっていきました。自然林まで伐採されたことで、木の実なども減り小動物にとってエサも少なくなり食物連鎖が起きたと考えられます。このようなことを考え、会では平成15年6月、山奥の休耕地70アールを借り上げ、小動物を少しでも増やそうと実ったソバなどを一切収穫せずに耕作を毎年行っています」

さらに、イノシシによる被害といった課題にも直面しているという。「対馬にも昔いたイノシシが約350年前に絶滅させられていましたが、何者かがまた島内に持ち込み、放したり逃がしたりしたことでイノシカの被害が多くなり、皆さんもやる気を無くしています。エサの面でも鹿と競合し、下層植物から昆虫まで多大な被害が出て対馬の生態系は大きく荒廃しています。エサの問題など、これらを総合的に考えると保護が厳しいのが実情です」

近年ではヤマネコの交通事故被害などがニュースで取り上げられたりもしているが、それもエサが減っていて行動範囲を広げなければならないことと無関係ではないのかもしれない。

山村会長は「ツシマヤマネコの生息できる環境を作るには耕地面積をもっと増やし、これまで対馬に生息してなかったイノシシの駆除を役所などが真剣に考えない限り、保護はこれからも厳しい状況が続くと思います」と話す。保護活動には引き続き長く地道に取り組んでいくほかないのだろうが、ヤマネコたちが安心して元気に暮らせる環境が取り戻され、維持されていくことを願うばかりだ。

※記事中の写真は全て「ツシマヤマネコを守る会」から提供されたものです。