2020年にはオリンピックも控え、変化を続ける都市・東京。東京はどうなるのか、人々はどこに住み、どんな生活をするのか。『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』(朝日新聞出版/2013年)の著者であり、20世紀消費社会研究や都市論にも詳しい編集者・ライターの速水健朗氏に、これからの東京生活の姿を都市・住環境・生活の3点を中心に伺った。

速水健朗(編集者・ライター)著書に『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』(朝日新書)『1995年』(ちくま新書)『都市と消費とディズニーの夢 ショッピングモーライゼーションの時代』(角川oneテーマ新書)など

都市への一極集中が進む

ーーまずは都市としての東京の未来について、速水さんはどのようなイメージを描いておられますか?

オリンピックで東京はどう変わるかには興味があってあれこれ取材をしているんです。今、2020年の東京オリンピックに向けて再開発が目白押しみたいなことが言われてますけど、オリンピックで東京は変わらないというのが結論だと思います。都市開発に携わる人たちはみな五輪で東京が変わるという声には冷めてます。

ーーどういうことですか?

国土技術研究センターという交通行政のシンクタンクに話を聞きに行ったんですけど、そもそも道路の開発計画って、50年単位で決められているので、今さら5、6年後に向けて何かを始めるのは無理なんだそうです。今の新虎通りが新橋から豊洲につながる環状2号線だって五輪が決まる前から動き始めているし、基本計画に至っては60年以上前のものなんです。

鉄道も同じです。JR東日本が8月に発表した「羽田空港アクセス線構想」3案も鉄道ジャーナリストに聞いてみると、みんな2020年までの実現性はどれも薄いでしょうって返事が返ってきます。品川田町間新駅も、とりあえずの駅舎ができるだけで、大規模都市開発はその後ですしね。東京モノレールが、始発を浜松町ではなく東京駅にするというプランも同じく現実味に欠けます。オリンピックに間に合う新しい交通インフラで目立ったものはないんです。シャトルバスを運行するとか、そんな感じになるんでしょう。

目に見える新しいランドマークも、虎ノ門ヒルズくらいでしょうね。国立競技場の案も、そもそも当初の晴海のメインスタジアム案が消滅していますし、その後の神宮の新国立競技場案も大幅縮小で合意されそうな勢いです。そもそも、民間のマンションなんかの需要増で、資材も重機も人手も不足していて、工事全般のコストが高くなってる。必ずつくらなきゃいけない晴海の選手村建築や新国立競技場の建築コストだけでも、予定を大幅に超えるのは間違いないので、実際完成するのかという不安の方が大きいです。

ーー五輪開催に間に合わない可能性もある?

ブラジルその前の南アフリカのW杯でも、スタジアムの建築が間に合わないみたいなことが話題になりました。その点、日本人は勤勉だからそんなことは起こりえないと言われたりもしますが、勤勉かどうかは関係ない。工事の需要が増えれば、資材も人手も重機も取り合いになってコストも跳ね上がる。

ーー東京は大きく変化しないんですか?

いえ東京は発展します。都心部の再開発は過熱気味だし、地価上昇も続いています。ただそれらは、五輪以前から始まっていたんです。この8月の首都圏マンション発売戸数は前年比49.1%減でマンションバブルも終わりかと言われていますが、都心部の高額物件だけ見るとまだまだ堅調です。都心部を巡る不動産取引の盛り上がりは過熱気味で、リーマンショック以前のプチバブル期が再現されそうだってことになってます。今後、このプチバブルが継続されるかどうかはわかりませんが。

ーー人口縮小するのに、なぜ大規模な開発をするのかという声もありますよね。

結構誤解されているのですが、都心部の人口は減らないんです。東京都の人口は2020年以降は減少に入ると言われていますが、それは東京の非中心地域の人口減が大きいというだけなんです。全体で見ればもちろん日本の総人口は減るのですが、集積でいうと今後は一貫して、大都市圏に住む人の割合は増え続けます。あと、人口で言っても23区内でも減るところは出てくるので、23区が都心という考え方も、そろそろ変える必要があるかもしれない。『都心に住む』(リクルートホールディングス)というリクルートのマンション情報誌があって、僕はマンションを購入する予定もないのに愛読しています。この『都心に住む』の哲学は、「都心の持ち家・マンションは資産性が高い」「都心の物件は、需要が強いので売ったり貸したりがスムーズ」というものです。災害リスクはもちろんありますが、概ね正しいと思います。この雑誌が定義する都心は、港、中央、千代田、品川、渋谷、新宿、目黒、世田谷、杉並、中野、豊島、文京の13区及び、豊洲など湾岸地域なんです。本当の「都心」であれば、このさらに半分の区でいいと思いますけど。

ーーなぜ一極集中が進むんでしょう。

都市化、一極集中は、世界的に進行している現象です。第一次産業から第二次産業への移行時にも都市化は進んだし、それがサービス、知識集約型産業が中心になることでさらに都市化は進みます。日本では、景気がいいと都市化して悪いとそれが止まるんです。景気対策として、補助金や交付金を地方にばらまくからです。高度成長期のあとに田中角栄がやったことがまさにそうでしたし、小泉首相時代の前にも公共事業に力を入れて都市化が阻害された時期がありました。公共事業が効果を生まなくなったのは、成長の原動力である都市化を押しとどめて、都市で発生する成長産業が伸び悩むという側面があると思います。ちなみに最近の自民党も、少し景気が上向くと、もう「地方創生」などの言葉で担当大臣のポストを新設して地方ばらまき案を出してきていますよね。

ーー都市の方が成長の可能性がある?

今では知識集約型産業というか、現代のビジネスでは、ほとんどお金を生むのはアイデアだけです。アイデアがいかに生まれるかというと、人と人の接触からしか生まれません。特に違う知識を持った同士がぶつかることでアイデアは生まれる。ちょっと前までは、在宅勤務とか電子会議とかテレワークの時代という声が大きかったんですが、実はそれらがあまり富を生まないことがわかってきた。交通や情報技術が発展しているのに、一向に在宅勤務やテレワークが増えないのは、知識集積型産業にテレワークは向かないということなんです。実際、うまくいっている会社ほど、都心の集積が進んだ場所に狭いオフィスを構えます。日本で言うとGoogleやYahoo!が六本木にオフィスがありますよね。彼らは電子会議を普及させようとする精力ながら、一番都心にオフィスを構えるんです。

都市の新陳代謝と発展

ーー東京は、人口増には耐えられるんですか?

世界的に先進国の成熟都市って新陳代謝がしづらい状況になっているんです。成熟都市住民の既得権益化ですね。都市は本来、人が流入するから都市になるんですけど、その都市に最初に住み始めた人々は、新規流入や環境の変化を快く思わなくなる。東京でのオリンピック開催が決まったときに、大騒ぎしていたのはメディアだけで、僕の身の回りは明らかに「やめて欲しい」の声の方が高かったんです。これが成熟都市である東京都民の本音だと僕は思います。東京はこれ以上、発展しなくてもいい、海外からの観光客も正直ごめんだという保守層は結構多いですよ。建築家の隈研吾さんは、「反建築」っていうことを言ってます。1995年の都市博中止の前後から、建築家やゼネコンは、再開発への嫌悪と向き合わなければ、なにひとつ開発に手を付けられなくなったんです。それに建築家として対応したのが『負ける建築』(岩波書店/2004年)なのですが、隈さんは、街としての「型」を残しながら、新陳代謝を進めることが都市の発展にとって必要ということをきちんと言っています。実際に、都市って今住んでいる人たちだけの場所ではないんだと思うんです。新陳代謝は必要なんですね。東京は、新陳代謝が進んでいるように見える反面、空き家率が1割以上あって、しかも増加傾向にあるんです。更地にすると固定資産税が高くなるから放置されているという物件が多い。それを考えると、まだまだ人口を増やす余地は東京にもたくさんありますね。