さる9月1日、防災の日に品川区の昭和大学病院にて防災訓練が行われた。想定は震度6の地震が東京で発生したというもので、病院内の一部機能が不能となった状態での病院内の活動の継続と、救命救急センターに搬送されるけが人に対応するための訓練となった。今回はこの中の救命救急センターでの対応に関して、患者の状態を見極め、優先度を決定して処置する「トリアージ」の場面でiPad miniとFileMaker Goを使った対象者データの電子化を行う実証実験を取材することができた。

今回の訓練・検証では患者役、家族役、見学者の看護学生のほか、ボランティアなど100名以上が参加。病院側も研修医、看護師など80名以上が参加し、総勢200人以上の大規模なものとなった。あいにくの雨模様でトリアージ開始当初は混乱も見られたが、概ね問題なく実施された。訓練の手順は、まず救命救急センター前にトリアージポストを設置。そこに患者役が首から病状などが書かれたプラカードを持って現れる。現場では名前、年齢、症状に関してはプラカードの内容に沿って怪我人から話を聞き、重症度を判断。トリアージ・タッグに記入する。ここまでは通常のトリアージと同じ手順だ。

電子化の手順はこのあとで、記載されたトリアージ・タッグをFileMakerで作られた「災害トリアージ情報共有システム」にiPad miniのカメラで撮影して顔写真とタッグを取り込み。FileMaker側に表示された災害IDはタッグに記入する。誰にでも使いやすいことも考えてあり、実際の訓練でもiPad miniの使い方の説明は初めて使う人に対して10分程度。最初は戸惑いもあったようだが、徐々に円滑な運用が行われるようになった。

プラカードを持った患者役に話を聞いてトリアージを行う

災害トリアージ情報共有システムのiPad mini用トップ画面。ボタンを大きめに配置し、タッチ操作で使いやすいように作ってある

新規患者の登録画面では年代、性別をドロップメニューから選び、撮影。災害IDを発行してタッグに記載する。トリアージの方法も簡単に表示されており、普段救急に関わっていない医師でも方法がわかるようになっている

記入したトリアージ・タッグをiPad miniに入った災害トリアージ情報共有システムに取り込む。取り込む際はiPad miniのカメラを使って顔写真とタッグの表裏データをそのまま撮影

撮影され記録されたデータは、災害対策本部近くの文字データ化ブースに待機している事務方がトリアージ・タッグの写真を見ながらノートパソコンで名前や年齢、症状などを転記していく。電子化されたデータは対策本部にプロジェクターで一覧表示されるほか、災害時に家族からの問い合わせへの対応やホームページを使った対象者の名簿公開などが迅速に行うことができる。赤タッグ、黄タッグなどに対応しているそれぞれの現場でもiPad miniで名簿を表示でき、対応後に黄から赤にタッグが変わった場合のエリア移動や、院内、院外への移動もiPad miniからタッチ操作で記録できるようになっている。手術室、ICUへの待機登録なども同じメニューから行うことができる。

文字データ化ブースには3名が待機して、写真データを文字データに変換する作業を行う。今回はほぼリアルタイムにデータ化がなされた

入力画面ではタッグが大きく表示されており、この内容を文字データとして転記する。タッグ写真は拡大して確認も可能だ

撮影されたデータを基にデータ入力を行っているところ。撮影した写真の精度やタッグに記入する文字が汚いなどの課題もあるようだ

入力されたデータはiPad miniから参照でき、その後の処置などを追加できる。記録の履歴も残り、移動の確認などが容易だ

現場の赤エリア用の表示。災害IDから患者を特定して内容を確認し、その後の処置などを記録できる

災害対策本部には入力された患者のデータがプロジェクターで表示され、状況を細かく把握することができる

表示されているデータ。総患者数とトリアージ対象の総数と状況などを確認できる

入力されたデータは搬入患者リストとしてPDFで出力でき、家族への対応やWeb掲載、マスコミ発表のためにも活用できる

このシステムのポイントは、まず通常のワークフローを基本的に変えることなくトリアージ・タッグを電子化できる点だろう。緊急性の高い現場での動きはある程度決まっており、そこに電子デバイスを使って細かな情報を正確に打ち込んでいく工程を入れるのは難しいし負担もかかる。トリアージ・タッグを「撮影」して現物を取り込むという工程のみを加え、情報の正確な補完は後方に任せるという方法を使えば、最も緊急性の高い現場の手を煩わすことなく手の空いている場所に送ることができる。

トリアージ・タッグの扱いに関しても、これまではタッグをすべて回収して状況を確認するということが徹底できず、対応した患者がいたかどうかもわからないということがあったが、対応の最初の段階でデータ化されるためタッグを回収する必要がなくデータ化までの流れがスムーズ。情報の活用もでき、収集した情報の公開までの時間も早くなる。患者数にもよるが、今回の訓練では80人の患者に対して3人が入力方として後方で作業を行ったが、訓練時間中は手が余る程度の作業で対応が可能だった。

そしてシステム自体の汎用性の高さもポイントだ。災害対応は大きな病院でも数年~数十年に一度あるかどうかの事態だが、そのために莫大な予算を付けて専用システムを開発・導入するというのはなかなか難しい。このシステムであれば市販のiPad miniとPC、FileMaker ServerとFileMaker Goがあれば立ち上げることができ、専用システムに比べて非常に安価に運用できる。FileMaker Pro自体は他の業務でも利用可能なことを考えれば導入コストはさらに下がる。メニューや動きのカスタマイズも現場の声を入れてその場で修正を加えていけるFileMakerらしさも大きなポイントになるだろう。

また既存のデジタルペンや電子タッグを使ったシステムは、その機器を読み込むことができる病院でしか運用できないが、このシステムであればタッグを撮影するだけで済む。今回の検証ではiPad miniを使っているが、例えば医師が個人で持っているiPadやiPhoneでも対応が可能になる。さらにフォーマットの違うトリアージ・タッグにも対応できる点もポイントで、他病院から送られてきた患者であっても同じ対応ができる。

今後の課題として考えているのは、専用Wi-Fiアクセスポイントが設置されていない場所での使用や万が一のサーバー障害時にも応急的に使用出来るよう、スタンドアローンシステムの実装、災害IDのバーコード発行などだという。現在、昭和大学病院の1階部分に関しては停電時にもWi-Fiを使ってシステムの稼働が可能だが、不測の事態においてはiPad miniだけを持ってトリアージを行い、後からデータを吸い出すようなシステムを検証中だ。また災害IDをバーコードプリンターを使って印刷してタッグに貼り付けるなどできれば、現場で情報を再確認する際にバーコードを読み込ませるだけで済むようになる。汎用性を高め、さらなる省力化を行って、より使いやすいシステムにしていくことが目標で、将来的には他病院にもシステムを提供できればとも考えているそうだ。