巨人ファンの筆者にとって、2013年11月3日は最悪な日だった。同年、24勝0敗でシーズンを終えた「マー君、神の子、不思議な子」こと田中 将大投手に初の黒星を付け、その勢いで日本シリーズを制覇するかと思いきや、悪夢の敗戦。しかし、日本中からしてみれば「楽天日本一大セール」を待ちわびていた人も多かったことだろう。

同セールは、優勝を決めた3日の22時15分~7日1時59分に行なわれ、大きな賑わいを見せた。しかし、11日、同社代表取締役会長 兼 社長の三木谷 浩史氏が謝罪する事態に至った。いわゆる「不当価格表示問題」だ。

この問題についておさらいしてみよう。楽天市場は、「バザール(市場)」の業態を取っており、「楽天」という市場の"場"に、4万店を超す商店が出店している。

世の中では、個人商店から巨大ショッピングモールまで、あらゆる小売業が普段の価格より商品を値引いて客寄せを行なう"セール"を開催しているが、その際に「二重価格」を表示して、値引きの"お得感"を演出する。

楽天 渉外室 渉外課 消費者政策グループ マネージャー 片岡 康子氏

不当価格問題は当初、「二重価格問題」として騒がれたが、楽天 渉外室 渉外課 消費者政策グループ マネージャーの片岡 康子氏は「二重価格自体に問題があるわけではない」と説明する。

片岡氏は、渉外業務の担当で消費者庁とのやり取りを行なっている。その中で景品表示法も相当読み込んでいるとのことで「当時の問題は、不当表示に当たるものがあった。優良誤認や有利誤認でなければ問題はない。ただ、景品表示法には、あくまで"考え方"しか載っておらず、そこで全てが白黒はっきりしているわけではない」と話す。

もちろん、楽天も昨年11月まで何も対策をしてこなかったわけではない。三木谷氏も当時の会見で「これまでも、社内で二重価格表示に対するルールは設定していたものの、甘かった点があった」と語っている。

店舗のアンケートで社員の評価を

問題を起こしてしまった反省から、楽天では多くの不当表示対策を行なった。

  • 楽天市場の全ページに「ご意見窓口」を設置

  • 店舗向けE-learningを実施

  • 表示できる元値の種類を限定して、二重価格表示のシステムを制御

  • 全社員必修のE-learningを実施

  • 楽天市場品質向上委員会を設置

  • 価格表示・割引表示についてのガイドライン制定

  • 店舗向け啓発ビデオの作成

  • 店舗によるECCアンケートを実施

アナログな部分では、楽天市場に参加する店舗向け、そして楽天社員の双方にE-learningや不当価格表示に関する啓発ビデオ・講習を行い、意識的な部分での改善を図った。また、最後の「ECCアンケート」は、楽天であるがゆえの取り組みだ。

楽天は、IT企業としては珍しく全国各地に拠点を持っており、社員のECコンサルタント(ECC)が店舗と密接に連携することで売上アップや各種サイト施策などの指南を行なっている。草の根的活動が功を奏しているためか、1店舗あたりの売上も年々伸びており、スマートフォンなどモバイルコマースにおけるマーケットシェアも半数を占めているという。

不当表示問題で、ECCの社員18名が価格表示の指示していたことが発覚しているが、こうした問題をあぶり出すと共に、もう一つの狙いがある。楽天の執行役員で楽天市場事業 編成部 部長で楽天市場品質向上委員会 委員長の河野 奈保氏は次のように語る。

楽天 執行役員 楽天市場事業 編成部 部長 兼 楽天市場品質向上委員会 委員長 河野 奈保氏

「店舗担当のECCアンケートは、社内で見ているビヘイビア評価(数字)だけではない、社外の店舗さんの"生の声"をECCの評価として取り入れたいと思って始めました。見えない評価を"見える化"することで、ほかのこともクリアにできます」

ただ、このアンケートは記名式。もし、問題があったとしても、店舗側が萎縮してしまい、正当な意見が得られないおそれがあるのではないのだろうか。これに対して河野氏は、前述の価格指示自体が強制的な指示ではなかったものだと話し、一方的な関係ではないからこそ、記名式で双方の信頼関係の上で記名式でのアンケートを行なうのだと語る。

「18名も、悪意を持って不当価格表示の指示をしていたわけではない。店舗側から『この表示で問題はないか』という質問に対して、あやふやな部分があって『大丈夫』と返答して不当価格表示にいたったりしたケースが多かった。もちろん、E-learningなどの取り組みを通して、社員側も店舗からの質問にかなり気を使って返答しています。

以前行なった不当価格表示に関連する調査では、無記名で行なったものもあります。記名無記名の選択は難しい。ただ、今後は定期的に『事実を知るために』アンケートを行ないたいと考えています。ECCの評価に繋がる以上は、誰でも書けるような無記名ではなく、記名式にすることで正確な声を捉えていきたいです」

システム対策も万全に

アナログな部分だけではなく、もちろんECシステム部分での対応も厳格化した。

表示できる元値の種類を限定して、二重価格表示のシステムを制御したのだが、ここの根拠となる景品表示法の定義は、片岡氏も触れていた通りにかなりあいまいだ。

そこで同氏は、消費者庁とのやり取りや弁護士と連携しながら、実際の商取引環境で起こりうるあらゆる可能性を想定して独自の「二重価格ルール」を設定。「消費者庁のルール以上に厳しい設定をしている」(片岡氏)というルールの下に、価格表示が制御されている。

特に、大幅な値下げ競争が行なわれる「楽天スーパーセール」では、楽天がセールを主催することから割引表示アイコンをシステムに紐付けて表示。利用者にわかりやすく、そして二重価格を防ぐ意味でも、価格の厳正な管理が行なわれている。

「楽天の特徴であるロングページ。お店のストーリーを書いていただく部分にも価格表示をするケースがありますが、そこについても厳格なガイドラインを設定して、違反している場合には記述を削除するようにしています」(河野氏)

「画像に埋め込んでいるケースについては目視対応ですが、システムで対処できる部分についてはそちらで処理しています」(片岡氏)

表示できる元値の種類は、「当店通常価格」と「メーカー希望小売価格」の2点に限定した。

「かつては価格表記の名称はブランクになっていて、好きに名称を設定できました。ただ、お客様の混乱も招きますし、楽天として統一した方がいいだろうというところは、こういった形で統一しています。メーカー希望小売価格については、根拠となる小売価格のメーカーWebサイトなどの掲載を義務づけており、社員も逐次確認しています」(河野氏)

ただ、二重価格ルールの本質は、価格の上げ下げと期間によるところが大きい。そこで先ほどの「消費者庁のルール以上に厳しい設定」のシステム適用なのだが、システム上で「不当価格に該当するため価格を掲載できない」とはねられるだけでは、店舗側も対応が難しい。

そこでECC向けに、店舗側にわかりやすく説明できるようなE-learningを用意。あらゆる状況を想定した不当価格表示の例を数十問用意することで、店舗から質問を受けた場合に迅速な返答が行えるようにしている。

片岡氏は、実際にE-learningで用意している設問を用意。優良誤認表示と有利誤認の違いや二重価格表示ができないケースの選択、通常価格として表示できないケースなどを実販売のストーリーに沿って説明した。

この問題の正解は3番。本来は低い等級の肉であるのにもかかわらず"良い肉"として「優良」だと誤認させてしまっている

この問題は全てアウト。本来の値段との比較でなければ、全て二重価格や割引対象として扱ってはいけない

こちらは2番と4番が表記できないケースだ

ユーザーに安心してもらう為の補償サービス

社員に対する教育と店舗への啓蒙活動、システムの対応。最後に残ったのはユーザーへの対応だ。利用者は、楽天市場というサイトを信頼して買い物を行なっているが、もしそこに正規品以外の製品があったらどう思うだろうか。

同社はブランド模倣品や海賊版対策はかねてから行なってきたが、不当価格表示問題などを通して「ユーザーの安心・安全」を考えて新たに始めた取り組みが「ブランド模倣品補償」と「コンテンツ海外流通促進機構(CODA)との連携」だ。

ブランド模倣品補償では、衣服・アクセサリー・バッグなどの55ブランドを対象に、購入金額の最大3倍を補償するもので現金または楽天スーパーポイントで支払いが行われる。

利用者が商品を返品する必要はなく、楽天が販売店舗を調査することで、模倣品が販売されているかの判断を行なう。片岡氏によると、「以前から模倣品対策を行なっているので、正直なところ流通はしていないはず」とのこと。CODAとの連携についても、DVDやBlu-rayといったコンテンツ商品の取り扱い増大にあわせての措置であり、あくまで「利用者が安心して楽天を利用するため」に講じた施策のようだ。

楽天の取り組みは先進的

楽天は問題を起こしてしまったが故に、こうした取り組みを矢継ぎ早に行なってきた。では、業界全体としての取り組みはどうなのだろうか。

「ほかのプレイヤーと一緒にやっていこうという話は現時点であまり進んでいない」と話す片岡氏は、「楽天の取り組みが、先進的である」ことも要因に挙げる。

「これまでの販売データ(価格管理)の蓄積やそれに対応するシステム構築をしなければならない。もともとそうした仕組みを持っていた楽天だからこそできた取り組みであり、他のプレイヤーさんでは難しい部分がある。短期間で、ここまでの環境を構築できたことに消費者庁さんも驚かれていた。実店舗では、データが残らないため、二重価格ルールが徹底されていない部分があると思うが、ネットというデータが残る環境だからこそ、こうした環境が構築できるし、お客様にとっても安心した買い物が出来る環境を提供できるのだと思っている」(片岡氏)

河野氏も、リアル店舗の商取引環境について触れ、「街だったら、3万円のものが季節のセールで8000円になり、その後に通常の値下げで7000円と表示されても問題はないと思う。でも、ネットでは『この表示はどうなの?』と言われるのが実情で、一般的な商取引ルールに乗っかってしまうと問題がある。一部の店舗が不当価格表示をすることで全体に迷惑がかかってしまうが、これを全体で正確に、厳密に表示することで、サイトとして利用者に安心、そして理解して利用いただけるようになるのではないかと思う」と話していた。