古代に大陸や半島からやって来た渡来人ゆかりの地名は全国に数多い。映画村で有名な京都市の太秦、埼玉県日高市の高麗神社や高麗駅、東京都狛江市、山梨県巨摩郡、神奈川県秦野市などの地名には、渡来人にまつわる古代史のロマンが隠されている。

高句麗古墳壁画をもとに再現された高句麗古代衣裳で演じられた高麗美舞体操

埼玉県にはご当地料理「高麗鍋」も

埼玉県日高市のご当地料理に「高麗(こま)鍋」なるものがある。市内の多くの飲食店で味わうことのできる町おこしグルメで、高麗鍋と名乗るには、キムチ味であること、地場産野菜を使用、高麗人参を使用、この3つの条件が課せられている。

日高市商工会によると奈良時代の716年、旧高句麗(高麗)の遺民1,799人が武蔵国に移住して高麗郡が設置された。現在の日高市と飯能市を中心とする一帯がその高麗郡にあたり、今、この地域では自治体横断で「高麗建郡1300年記念事業」を展開中である。

高麗郡建郡1300年記念事業委員会に取材したところ、同事業では歴史研究や高句麗古代衣装づくり、高麗美舞体操の普及活動などが地域ぐるみで行っているそう。その中で、日高市商工会や飲食店などによって前記した高麗鍋が考案され、埼玉のご当地グルメを代表する存在に成長しつつあるのだ。

埼玉ご当地B級グルメ王決定戦で優勝経験もある高麗鍋

その日高市だが、実は市の名も高麗ゆかりのものであるという。日高の「高」の字が高麗の高で、近くにある日和田山の「日」と合わせて日高となったのだそうだ。市内には今でも高麗本郷という地名がある他、高麗神社、高麗山聖天院勝楽寺、JR線高麗川駅、西武池袋線高麗駅など、高麗の文字がたくさん残っている。

高麗神社という神社は、静岡県掛川市、神奈川県大磯町にも存在する。掛川市の「高麗神社」は、付近の海の沖合に高麗の兵武神としてあがめられていた韓神が現れことから建立されたとされる。一方、大磯町の高麗神社は、現在では「高来(たかく)神社」と名前を変えているが、かつては近くの高麗山の山頂にあったとされ、こちらも渡来人との関係は深いはずだ。

高句麗王族のひとりとされる高麗若光を祀った日高市の高麗神社

狛や巨摩も高麗(高句麗)ゆかりの地名

さらに、東京都狛江(こまえ)市、山梨県の巨摩(こま)郡も、高麗ゆかりの地名とされる。「こま」の音に、狛、巨摩という文字があてられたのである。

神社に置かれた狛犬は、唐の時代の中国の獅子が朝鮮半島を経由して日本にもたらされ、魔よけに用いられたので「拒魔(こま)犬」と呼ばれるようになったという説が有力だが、高麗から伝わったので高麗犬から狛犬になったという説もある。

古代朝鮮で、高句麗と覇を競った新羅系の渡来人ゆかりとされる地名もある。埼玉県の新座市、和光市、朝霞市、志木市あたりは、かつて新羅郡(しらぎごおり)と称され、その後新座郡(にいくらごおり)となり、明治になって現在のように新座(にいざ)と読むようになったとされる。

数は少ないが、百済という地名も奈良県の広陵町にある。また、広島県の呉市も『三国志』で名高い中国三国時代の呉の子孫が住んだことに由来するとの説もある。

豪族・秦氏の縁で「太秦」が「うずまさ」に

さて、これまで紹介してきたのは、高句麗、新羅という古代朝鮮の国名に由来する地名だが、国名でなく、渡来した有力な豪族の氏名が地名となったケースも少なくない。その代表例が京都市の太秦だ。太とは拠点の意味で、朝鮮半島から渡来した秦氏の拠点=太だったから太秦。だが、これをなぜ「うずまさ」と読むのだろうか?

そもそも秦氏は機織りの技術者集団で、絹布を大和朝廷に対する租税としていた。このため、この地には絹布が「うず高く」積み上げられ、朝廷から「兎豆満佐(うずまさ)」の姓を与えられた。この「うずまさ」を太秦の文字に当てたというのが定説だ。

秦氏が聖徳太子から賜った仏像を本尊とする京都太秦の広隆寺

太秦の地名は大阪府寝屋川市にもあるが、これも京都同様の地名由来を持つと考えられている。秦氏の勢力は日本全国に及んだとされ、神奈川県の秦野(はだの)市なども秦氏由来の地名とされる。

秦氏と並ぶ渡来系の有力豪族、漢(あや)氏も全国各地に定住して地名となっていった。神奈川県の綾瀬市、京都府の綾部市、宮崎県の綾町などの「綾」は、もともとは「漢」で、漢氏の居住にちなんだ地名だといわれる。

4世紀後半から7世紀にかけての朝鮮半島は戦乱の時代で、戦火を逃れて多くの渡来人が日本にやってきた。渡来人は大陸、半島の進んだ文化や技術をもたらし、日本の文化や技術の向上に大きな役割を果たして大和朝廷の基盤作りに大いに貢献したとされるが、そんな古代のロマンが今も日本の各地の地名の中に隠されているのである。

参考文献: 『地名の由来から知る日本の歴史』(谷川彰英著・講談社α新書)、『日本の地名』(浅井建爾/日本実業出版)