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量子コンピュータとスパコンの協調

スーパーコンピュータ(スパコン)は、量子コンピュータの最適化の結果をモデルに反映してシミュレーションを行い、その評価結果を量子コンピュータに送る。量子コンピュータはスパコンからの評価結果に基づいてQubitの重みと結合度を修正し、量子アニールで新たな最適解を見つける。その結果をスパコンに送って評価を行うというループを繰り返すことにより、両方の長所を組み合わせてHPCを加速することができるという。

図17 量子コンピュータでHPCを加速

放射線治療に関しては、どこにどのように放射線を当てるのが良いかの最適化を量子コンピュータで検討し、その効果をHPCで評価し、さらに評価結果を量子コンピュータの最適化にフィードバックするというやり方で、照射のシミュレーションの回数を減らしたという。

図18 放射線によるガン治療の照射シミュレーションの回数を削減

また、水道ネットワークをどのように引けば、必要な最小圧力を確保し、短距離で済むかを量子コンピュータと通常コンピュータの組み合わせで最適化し、大手エンジニアリング会社の設計より良い解を見つけた。

図19 水道ネットワークの設計では、大手エンジニアリング会社の設計より良い解を見つけた

また、図20のように、クレジットカードの請求が正当か詐欺か?、このコードはマルウェアかそうでないか?、手荷物のX線写真から、危険物が入っているかいないか?、肺のX線写真から、ガンがあるかないか?、のようにYes/Noの答えが求められることがある。このような場合は、単独では弱い色々な兆候を総合して、Yes/Noの答えを出すのであるが、どのような兆候をどのように組み合わせるのが良いかというのが問題である。

このような離散的な最適化も量子コンピュータによって、最適と考えられる組み合わせ案を作り、それがどの程度有効かを通常コンピュータの計算で評価するというループを回すことで最適化された解を見つけることができる。

図20 いろいろな小さな兆候のどれを組み合わせると、クレジットカードのチャージが詐欺か? コードがマルウェアか? 鞄に危険物が入っているか? 肺がんがあるか? などの判定精度を改善できるのかを探す

Google Glassは目ばたきで操作するが、人間は意図しない目ばたきもするので、目ばたきがGoogle Glassを操作するための意図的なものか、あるいはそうでないかを判別することが必要になる。Googleは、この判定の最適化に量子コンピュータと通常コンピュータ組み合わせて使い、結果として目ばたき検出に必要な消費電力を1/3に減らし、同時に精度を2倍に改善することができたという。

図21 Google Glassの瞬き検出は検出法の最適化で、1/3の消費電力で2倍の精度を達成

D-Waveのロードマップ

D-Waveは、2002年の4-Quebitのチップから始まり、現在は512-Qubitのチップを使うD-Wave Twoを販売している。そして、2014年には1024-Qubit、2015年のQ4には2048-Qubitの製品を出す予定である。

D-WaveのWebサイトにあるチップの断面写真を見ると、配線の幅は300nm程度で、CMOSのプロセサチップなどと比べると、まだまだ微細化の余地が大きい。クロストークなどの問題を解決していけば、より多数のQubitをもつチップが作れそうである。

図22 D-Waveの量子コンピュータのロードマップ

そして、図23に示す1024-Qubitのチップがすでにできており、社内でのテストを行っているという。

図23 1024-QubitのWashingtonチップを社内ではテスト中

このチップ写真をよく見ると、16×16のアレイになっており、それぞれが8-Qubitのグループとすると、全体では2048-Qubitになる。講演後にWilliams氏に聞いたところでは、クロストークなどを避けるため、2K-Qubitの内の1K-Qubitを使うという発言もあり、実際には2K-Qubitが集積されているチップではないかと思われる。

また、Williams氏によると、Qubit数の増加だけでなく、温度を下げて熱雑音を減らす、電気、磁気的なノイズやクロストークを減らす、現在6本のQubitからのリンク数を増やすなど色々な改良を検討しており、今年末までには、現在の0.02Kから0.008Kに温度を下げる予定であるという。

前述のGoogleのAI Labのブログでは、リンク数が少ないことが性能が上がらない原因と書かれていたので、リンク数の増加について質問してみたが、検討は行っているが、優先順位は高くないとのことであった。

まとめ

量子コンピューティングの潜在的な用途は広く、商業的にも大きな潜在力をもっている。D-Waveは、2014年の末までには1024-Qubitのマシンを発表する予定であり、さらに性能の向上が見込める。

図24 2014年後半には1024-Qubitのマシンを発表する。組み合わせの最適化、設計の最適化、AI、マシンラーニングなど、潜在的な用途は広い

D-Waveのマシンが本当に量子効果で動作しているのかどうかについては、学会での評価は、まだ、定まっていないが、今回の講演で示されたように、通常のコンピュータに比べて圧倒的に速いケースがあることは確かであり、このようなケースでは量子効果で動いているのは間違いないと思われる。

これまでの発表では、離散的最適化を高速に実行できるということだけで、実際にどのように役に立つのかのイメージが分からなかったが、今回の講演では、Google Glassの目ばたき認識の改善や放射線治療の最適化、水道ネットワークの最適化など具体的な例が示され、実用化が進んでいることが感じられた。

そして、離散的な最適化を量子コンピュータで行い、その解がどれだけ良いのかは、従来型のスパコンなどで計算し、さらに量子コンピュータで離散的な最適化を行うというループの繰り返しで、最適解を求めるという使い方のモデルも説得力があった。

また、Qubit数にしろ、温度にしろ、D-Waveのマシンは急速に進化しており、他の量子コンピュータとの差は開く一方という感じである。筆者としては、D-Waveの量子コンピュータは、まさに離陸しつつあると感じられた基調講演であった。