4月14日から17日にかけて開催された「Cool Chips XVII」においてD-Wave SystemsのColin Williams氏が同社の量子コンピュータの最新状況を中心に基調講演を行った。

Cool Chips 17で基調講演を行うColin Williams氏

D-Waveは、カナダの西海岸のバンクーバーの周辺に本拠を持つ会社で、従業員は100人程度であるが、その中で博士号をもつ人が27名というハイテク集団である。そして、D-Wave社は、世界で唯一、量子コンピュータを製造している会社である。ただし、同社のコンピュータが本当に量子効果で動いているかには懐疑的な学者もあり、学会での評価は、まだ、定まっていない。

しかし、2011年5月には防衛産業のロッキードマーチンと南カリフォルニア大のチームがD-Wave Oneを購入し、2013年5月にはNASAとGoogleのチームがD-Wave Twoを購入している。また、D-Wave本社には10台程度のマシンがあり、それをリモートで使うユーザもあり、情報関係、金融、エネルギーなどの企業も使っているという。

図1 D-Waveの顧客。Lockheed Martinと南カリフォルニア大(USC)が最初の顧客で、NASAとGoogleが2番目の顧客。名前は出せないが、金融やエネルギー関係の企業も使っている

量子コンピュータとは

量子コンピュータの実現の仕方は色々と提案されているが、論文などを見ると、95%は量子ゲートを作り、それを組み合わせて量子コンピュータを作るという方法である。それに対してD-Waveの量子コンピュータはAdiabatic(断熱的)量子コンピューティング(AQC)という方式を使っている。

図2 量子コンピュータの実現方法のバリエーション。各種の方法があるが、計算能力は同じ

方式によって、作り方は大きく違うが、計算能力としては、どの方式でも等価であるという各種の論文が出ており、どの方法で実現してもよい。しかし、実現の容易さは同じではない。

デジタルのビットは0か1のどちらかの値を記憶するが、量子コンピュータの単位情報を記憶するQubit(キュービット)は、 0と1がある比率で重なり合った状態を記憶する。また、量子コンピューティングを行うには、1つのQubitの状態が他のQubitの状態に影響を与えるもつれ合った(entangled)状態を維持する必要がある。しかし、Qubitの数が多くなると、もつれ合った状態を維持することが難しい。

図3に示したように、Qubitの作り方としては、トラップされたイオンで実現する方法や超電導素子で記憶する方法、あるいは光学的に実現する方法などが発表されているが、計算に必要な時間の間、もつれを維持できるものは、最大でも10Qubit規模のものしか実現されていない。これに対して、D-Wave Twoでは、超電導素子を使って512-Qubitの素子を実現している。このように他の研究者の状況と比べて格段に多いQubit数であるので、これでもつれあった状態が作れるというのは眉唾ではないかと疑う人が出てくるわけである。

図3 各種のQubitの作り方。イオントラップ型のQubitや超電導素子を使うQubitでは数Qubit程度。光学的なQubitでは10bit程度が最高記録であるが、D-Waveは512-Qubitを実現している

スパコンと量子コンピュータの違い

HPC用のスパコンとD-Wave Twoを比較したのが、図4である。ExaFlopsスパコンでも1億コアで100億スレッドの並列計算という程度であるが、512-Qubitの計算の場合は、各Qubitは0と1の任意の重なりを取り得るので、2512の並列計算を行っていることになる。これは10154並列の計算であり、1010並列のスパコンと比べて量子コンピューティングの方が圧倒的に性能が高い理由である。

計算の安定性の観点では、素子を微細化し動作電圧を低減したスパコンは、エラーが発生しやすくなる。一方、D-Waveの断熱アニール(Anneal:焼きなまし)方式の計算は、エラーが起こっても結果が最適解から少しずれるだけで、エラーに強い計算法である。

消費電力の観点では、Exaスパコンは25~100MWを消費するが、D-Waveのマシンは冷凍機が約15kWを必要とするが、量子コンピュータ自体の消費電力は無視できる程度である。

しかし、D-Waveのマシンは浮動小数点演算はできないので、Top500のLinpack計算で言えば0Flopsである。

ということで、量子コンピュータがスパコンを不要にするということはなく、現在、スパコンが使われている流体のシミュレーション、創薬のシミュレーション、天気予報などにはスパコンが使われ、量子コンピュータは離散値の最適化問題、人工知能、機械学習など、現在のスパコンがそれほど得意ではない部分で力を発揮するという。結果として、スパコンと量子コンピュータは、両方を組み合わせて使うことで、より有効になるという。

図4 HPCと量子コンピューティングの比較。HPCは1010スレッドの並列計算だが512-Qubitの計算は2512(ほぼ10154)の並列計算となる

D-Waveのマシンは離散的な最適化問題が得意

最適化問題では、系のエネルギーが最小になる谷を探す。通常のアニーリングでは、高温のエネルギーの高い状態から徐々に冷やしていく。そうするとエネルギーが下がって安定状態に落ち着く。図5の左側の絵は、通常のアニーリングの場合を示し、一番上の図のように単純な関数の場合は、最小値が容易に見つかるが、下の2つのような場合は、ローカルな最小値のところで留まって、本当の最小値をみつけることができない。

図の右側の絵のD-Waveの量子コンピュータの場合は、すべてのQubitが0と1を等分に含む状態に初期化し、断熱状態で最小値を探すのであるが、量子トンネル効果があり、下の2つの図のように、高エネルギーの山をトンネル効果で通り抜けて、最小値を見つけることができる。このため、真の最小値を見つける能力が高いという。

また、図5ではエネルギー値のカーブは連続した曲線となっており、最低値をとる横軸の値は任意の実数の値を取れるように書かれているが、横軸の値は整数だけという離散的な問題の場合は、最適化は格段に難しくなる。しかし、量子コンピューティングはトンネル効果で最適解を見つけるため、離散的な最適化に強いという特徴がある。

図5 最適化問題を解くには、エネルギー最小の谷を見つける。左の通常のアニールの場合は、山を乗り越えられないが、右の量子アニールの場合は山をトンネル効果で通り抜けて最小値を見つけられる

(中編に続く)