4月26日に富岡市で配られた号外(上毛新聞)

いろいろな場で「祝・世界遺産」という言葉を目にした2013年。それほど『富士山』という存在が、日本のみならず世界でも浸透していたことを、改めて感じた人も多いだろう。そして2014年もまた、「祝・世界遺産」の言葉を心待ちにしている物件がある。

それが「富岡製糸場」(正式名は『富岡製糸場と絹産業遺産群』以下『絹産業遺産群』)なのだが、この名を聞いて、「どこにあるの?」と思った人もいるかもしれない。しかし、世界遺産への登録可否を調査する国際的な諮問機関「イコモス」が4月26日、日本政府に対して登録勧告をしたいま、世界遺産リスト入りはほぼ確定したといってよい。

富岡製糸場はフランスの技術を導入した日本初の本格的製糸工場であるが、『絹産業遺産群』全体でみた時には具体的にどのような魅力があり、世界遺産になることでどう変わるのだろうか。世界遺産に詳しい世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局の研究員・本田陽子さんにうかがってみることにした。

アジア初の産業遺産に!?

―そもそも日本にはいくつ世界遺産があり、今回の『絹産業遺産群』はどのようなところが"世界遺産の価値"として評価されているのでしょうか?

「2014年3月現在、日本には17件の世界遺産があり、国内暫定リストには12件が記載されています。今年、世界遺産登録を目指している『絹産業遺産群』は、2007年に暫定リストへ加えられました。誰が見ても共感できる"顕著な普遍的価値"を有するものが世界遺産なのですが、その普遍的な価値を証明するものとして10項目の登録基準があります。

登録されるにはこの登録基準のひとつ以上にあてはまればよく、『絹産業遺産群』は"文化交流""建築技術"の2つの項目が認められるという観点から申請しています。"世界と日本の間の技術交流を生んだ"ことと"技術革新の主要舞台であった"ことです」。

富岡製糸場の繰糸場。ここが世界の生糸産業を牽引する原動力となった

―では、具体的にどのようなことが世界遺産に推したい凄さなのでしょうか?

「1909年に日本の生糸産出量は世界1位になるのですが、その拠点となったのが1872年に誕生した富岡製糸場であり、本物件に含まれる各施設でした。ここで生糸や養蚕の技術が磨かれて、その技術は国内外に伝播していくことになりました。20世紀前半、世界の生糸産業を牽引してきた原動力が日本の高い技術力であり、教科書の錦絵でおなじみの富岡製糸場であったと思うと、ちょっと誇らしい気持ちも出てきませんか?

狭義の意味で産業遺産という時は、イギリスで産業革命が起こった後のものを指すことが多いのですが、その意味で言うと『絹産業遺産群』は日本初の産業遺産であり、実はアジア初という言い方もできるんです」。

木骨レンガ造という珍しい工法による東繭倉庫

無料のガイドツアーはぜひとも!

―『富岡製糸場と絹産業遺産群』は、富岡製糸場とその周辺施設を含む4つの構成資産で登録されています。実際、訪れる時はこの4つ全てを見ることを勧めますか?

「富岡製糸場のほかに、日本最大規模の蚕種貯蔵施設"荒船風穴"や日本の近代養蚕法の標準である清温育を開発した"高山社跡"、近代養蚕農家の原型である"田島弥平旧宅"があります。なのですが、この4施設は離れたところにある上に、一般に開放されていないこともあるので、遺産群の中核をなし見学体制も整っている富岡製糸場(入場料は500円)に行くのが一般的だと思います。実際、この3月には世界遺産登録を見据え、富岡製糸場の最寄り駅ということで、上信電鉄上信線の上州富岡駅の駅舎は新しくされました。東京からのアクセスも比較的いいんですよ。

工場内では、繭(まゆ)が保管されていた倉庫内など見学できないところもあるのですが、柱のない開放的な造りになっている繰糸場は見学できますし、何よりも、無料でガイドをしているボランティアの方々がとても熱心なんです! ホームページには解説ガイドツアーの案内もあるので、ぜひ時間をあわせて富岡製糸場の味わいどころを聞いてみてください」。

分かりやすくて面白いガイドツアーは是非!

身近すぎて存在感の薄かった施設を、世界に誇れる遺産に

―今年、『富岡製糸場と絹産業遺産群』が世界遺産に登録される勝算はどのくらいあるのでしょうか。

「4月26日にイコモスから"登録"の勧告があったので、登録はほぼ確定したとみてもよいでしょう。審査した上で、"日本が近代工業の世界に仲間入りする鍵になった"ことを本物件が示しており、顕著な普遍的価値があるとみなして"登録"という評価をしたのです。今までに諮問機関から勧告をされて覆った例はまずありません。

明治時代の工場がこうもいい状態で保存されているのは極めて珍しいことですし、そうした点も評価されたと思います。6月中旬にカタールで開催される世界遺産委員会では、きっといいニュースが聞けることでしょう」。

場内では、繭から糸をたぐりながら糸枠に巻き取る「座繰り(ざぐり)」の実演も

―登録は目前!ということでしょうか。では、登録されるとどんなメリットがあり、今後、どのようなことが変わりうるのでしょうか?

「よく皆さんから、『世界遺産になればユネスコから補助金が出るのでは』と質問されますが、登録されてもユネスコからの補助はありません。現状、4つの資産は各地方自治体が管理しているのですが、特に富岡製糸場を維持するためには莫大な経費が必要になります。ただし世界遺産に登録されれば、より多くの補助金が集まりやすくなるかと思います。

ところで、昨年登録された『富士山』をみてみると、本来観光地として持っているポテンシャルが大きく、また地元の情報発信力も高かったことから、メディアも巻き込んでの一大世界遺産ブームが巻き起こりました。その反動ともいえるかと思いますが、実は登山者数自体は前年に比べてわずかに減っているんです。その理由として、試験的に入山料を徴収したこともなくはないと思いますが、『いま行っても混雑しているだろう』と敬遠した人が多かったのではと思います。もちろん、富士山周辺も含めた全体でみれば、世界遺産効果で観光で訪れた人は、外国人も含めて間違いなく増えたと思われます。

一方『絹産業遺産群』の場合、そこまで大きなブームが起こるかどうかは分かりませんが、少なくとも富岡製糸場は観光客が増えることが予想できます。ただ現状、古民家カフェやお土産さんなどはありますが、合わせて訪れたいと思わせる観光資源が近隣にまだ不足しているように思われます。車であれば伊香保温泉で1泊ということもできるのですが、観光の魅力を発信する新しい取り組みに期待したいと思います。

そのような意味で、世界遺産の登録に向けて、地元の方々が足並みをそろえることも大切です。私は3月に富岡市の隣にある高崎市で本物件の価値を解き明かす講演をしたのですが、参加された地元の方も『へぇ~そんな凄いものだったんだ』と再認識されたようでした。それは、あまりに身近にありすぎて、その魅力や価値に気づかなかったからということもあると思います。今後は『絹産業遺産群』の良さ、さらには群馬県の良さを地元の方が一丸となって積極的にPRしていってほしいと願っています」。