千葉工業大学(千葉工大)、日南、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の3者は4月17日、千葉工大が開発した小型高踏破性遠隔移動ロボット「櫻壱號(さくらいちごう)」をベースに日南が製品化し販売を開始した「原発対応版 櫻壱號」が、国産ロボットとしては初めて、日本原子力発電 緊急事態支援センターに災害対応ロボットとして導入されたことを、霞ヶ関のNEDO分室で行われた記者会見にて発表したので、その模様をお届けする。

会見には、千葉工大 未来ロボット技術研究センター(fuRo)の古田貴之所長(画像2)、千葉工大の宮川博光常務理(画像3)、日南の堀江勝人代表取締役(画像4)、NEDOの植田文雄理事(画像5)、同・ロボット・機械システム部の弓取修二部長(画像6)らが出席、それぞれ解説や抱負などを述べた。その模様をお届けする。

画像1(左):原発対応版 櫻壱號。後ほど紹介するが、プロトタイプの櫻壱號と比較すると、当たり前だが製品らしい作りとなっている。画像2(中):fuRoの古田貴之所長。今回の原発対応版 櫻壱號の開発者の1人。画像3(右):千葉工大の宮川博光常務理事。原発対応版 櫻壱號が、世界の原発の標準装備として導入されることを期待していると述べた

画像4(左):日南の堀江勝人代表取締役。ロボットは年々進化してここまで来るようになったが、同社が今回原発対応版 櫻壱號を開発できたのは、千葉工大とNEDOの協力のおかげと、と述べた。画像5(中):NEDOの植田文雄理事。千葉工大、日南、NEDOによって誕生した最新の国産災害対応ロボットが実戦配備されたことは大きな成果だとした。画像6(右):同・ロボット・機械システム部の弓取修二部長。千葉工大の災害対応ロボットだけでなく、NEDO全体のものも含めたこれまでのロボット開発に関する流れの簡単な紹介を行った

千葉工大といえば、国産ロボットとしては初めて福島原発の建屋内の探査に利用された「Quince(クインス)」の開発で知られる(画像7)。Quinceは、NEDOの2006年度から2010年度までに行われた「戦略的先端ロボット要素技術開発プロジェクト」で、fuRoとともに、レスキューシステム研究機構、東北大学の3者によって開発された本格的な国産災害対応ロボットの1台である。

画像7。Quince

日南は、これまで古田所長らfuRoが開発してきたロボット、小型人型ロボット「morph3」(画像8)や8輪ロボットカー「Hallucigenia(ハルキゲニア)01」(画像9)、3段変形する8輪型移動ロボット「Halluc(ハルク) II」(画像10)、Halluc IIの操縦システム「Hull(ハル)」(画像11)など、デザイン性の高いロボットの製作を担当してきたメーカー。技術力が高いことから一品物の数多くを手がけており、自動車メーカーのプロトタイプなども多数を扱っている。

画像8(左):morph3。画像9(右):Hallucigenia

画像10(左):Halluc II。上部カバーが赤いタイプもある。画像11(右):Hull

そしてNEDOが2012から2013年にかけて9.96億円という予算をかけて実施したのが、「災害対応無人化システム開発プロジェクト」だ。位置付け的には、戦略的先端ロボット要素技術開発プロジェクトの次に当たる(画像12・13)。その成果は、すでにこちらこちらで報告した通りだ。

同プロジェクトにはfuRoも参画しており、小型で高踏破性を誇る遠隔操縦型の狭隘空間先行調査ロボット「Sakura(さくら)」(画像14)や、同じく遠隔操縦の重量物搭載型ロボット「Tsubaki(つばき)」(画像15)、そしてそれらのロボットの操縦トレーニングを行うための「災害対応ロボット操縦訓練シミュレータ」(画像16・17)などが開発されたのである。

画像12(左):これまでのNEDOによるロボット開発の流れ。画像13(右):fuRoによる災害対応ロボットの開発の流れとNEDOのプロジェクトとの関連

画像14(左):Sakura。画像15(右):Tsubaki

災害対応ロボット操縦訓練シミュレータ。画像16(左)は評価用の3人称視点画面。画像17(右)は操縦用の1人称視点画面のもの

そしてSakura、Tsubaki、シミュレータは、2013年1月に日本原子力発電が設置した組織「原子力緊急事態支援センター」にてトライアルが行われ、その成果と知見がfuRoにフィードバックされ、それを基に新規にfuRo(千葉工大)が独自予算で開発したのが、プロトタイプの櫻壱號(画像18)というわけだ。なお、fuRoがこれまでに開発した多くの災害対応ロボットは、Quince、Sakura、Tsubakiなど、アルファベット表記で英語もしくは日本語の花の名前があしらわれてきたが、従来の開発の流れはTsubakiまでで一度終了となり、櫻壱號からは漢字表記であることから想像がつくように、異なる新規の開発となっている。

そして日南はfuRoからプロトタイプ 櫻壱號の関連技術の供与を受けて今回の原発対応版 櫻壱號を開発・製造、そして販売を開始するに至った形だ。技術はあるけど、なかなかビジネスに結びつかないといわれている日本のロボット技術だが、ロボットが少しずつ製品化されるに至ってきたというわけだ。なお、fuRoでは新規の災害対応ロボットをもう1台、「櫻弐號」(画像19)として開発済みだが、こちらは三菱重工への技術提供が行われることが2013年9月に発表されており、同社が生産・販売を行う計画だ

画像18(左):プロトタイプの櫻壱號。カメラなど各部が原発対応版櫻壱號と比べるとプロトタイプ感がある。画像19(右):櫻弐號(プロトタイプ)。こちらは壱號と異なり、背の高いメインカメラがないのでと完全に車高が低い

原発対応版 櫻壱號の特徴としては、原子力緊急事態支援センターからの要望に応え、動作時間がSakuraなどの6時間から2時間増えた8時間となったことがまず1つ。前後左右計4つあるサブクローラを水平にすると全長は1070mmとなるが、本体の全長そのものは530mm、全幅も420mmであることから、原発建屋内の階段の狭い踊り場でも旋回することが可能だ。幅70cmの踊り場であれば通過できるようになっている。

また、階段の登坂性能だが、デモンストレーションで用いられた階段が45度で、動画でご覧いただける通り(動画1)。原発建屋内の急傾斜の階段が40~42度なので、問題なく上り下りすることが可能というわけだ。Quinceなどが42度の急傾斜の登坂を可能にしたこともすごかったが、今回、さらに性能がアップしており、まさに日進月歩といえる。

動画
動画1。原発対応版 櫻壱號の移動と階段の登り降りの様子

操縦用として4つのカメラが搭載されており、ノートPCの操縦システムのモニタには、前方、後方、アラウンドビュー(映像を合成して機体真上から見下ろす形)など4つの映像がリアルタイムで映し出され(画像20)、それを見て操縦する形となる(会見では、残りの1つは後方の拡大画像だった)。本体上方の高い位置に取り付けられたメインカメラ(画像21)は、パン、チルト、ズームを行える高機能なものを搭載。高機能なカメラのため、1.5kg以上の重さがあるが、それでも登坂性能45度以上を確保している点が、原発対応版 櫻壱號の特徴の1つである。

なお操縦をノートPCで行えるコンセプトは、素早く現場に運び込めるようにするというもので、Quinceの時代から引き継がれたものだ。原発対応版 櫻壱號と操縦用ノートPCを数台という手軽な装備ですぐさま現場に急行できるのである(どれだけ優れたロボットであっても、装備一式がトラック1台分、出動までに半日の準備がかかる、というのでは意味がない)。

さらに、センサ類がモジュール化されていて手早く交換できるようになっており、緊急事態支援センター所有の放射線や温度などのさまざまなセンサを取り付けられる仕組みだ。さらに充電はプラグインで行え、持ち運びしやすいように原発対応版 櫻壱號にはキャリングハンドル(取っ手)がつけられてもいる(画像22)。そのほか各部のアップはこちら(画像23~25)。

画像20(左):操縦用のモニタ。4つのカメラからの映像が投影される。画像21(中):高機能カメラ。1.5kgもあって重心を高くしてしまっているが、それでもこれだけの高さが必要。画像22(右):キャリングハンドル

画像23(左):側面。バッテリなどの重量物は当然本体下部に搭載。画像24(中):上面。コントロールユニットなどがある画像25(右):サブクローラ

高い防塵・防水性を有しており、1m未満なら水中での活動も行え、バッテリの交換も防塵防水性を保持したまま行うことが可能だ。耐放射線性能としては、CPUやモータなどは200Svのパーツで構成しているが、構成部品の性能的なバラつきもありえるので、安全係数を取って数10Svぐらいは耐えられるだろうと見積もっているという。

そのほか、通信を中継する機能もあることから、1台の原発対応版 櫻壱號を中継器としておいて、2台目をさらに奥へと向かわせるといった運用も可能である。ただし、実際に緊急事態支援センターに配備されている原発対応版 櫻壱號は現在のところ1台のみで、実際に使われる場合は有線ケーブルで利用されることとなっている(会見で披露された実機は、無線LANで動作)。なお価格に関しては競争入札を経て導入されていることから、未公開とされた。

今後の予定としては、fuRoは櫻壱號の後継機種(櫻弐號はまたコンセプトが異なる)など、より高度なロボットの研究開発を進めていく予定だ。日南は原発対応版 櫻壱號の改良を進めると共に、ほかのさまざまな用途に対応したロボットして櫻壱號の改良を施しながら市場を開拓し、事業を拡大していくとしている。そしてNEDOはすでにプロジェクトが2012年度で終了しているが、プロジェクトの成果が被災現場に実際に投入されて課題の解決に活かされるよう、経済産業省を初めとする関係各機関、各企業と協力体制を続けていくとした。

なお、原発対応版 櫻壱號のスペックは以下の通りである。原発対応版と名称にあることから、原発専用のイメージを持ってしまうかも知れないが、あくまでも文字通り原発災害にも対応しているという意味であり、地震などの自然災害でダメージを受けた地下街やビル内の調査など、人が立ち入り困難な極限環境下での使用や、インフラの点検といった過酷環境下での情報収集全般を用途としている。

  • 全長:530~1070mm
  • 全幅:420mm
  • 全高:800mm
  • 重量:35kg(搭載機器により変化)
  • 最少旋回幅:670mm
  • 動作時間:8時間
  • センサ:放射線、温度など各種センサを用途に合わせて装備可能
  • カメラ:4基

また、会見で原発対応版 櫻壱號そのものの操縦は叶わなかったが、災害対応ロボット操縦訓練シミュレータ(画像16・17)を実際に操作することはできた。現在のPS型ゲームコントローラを利用するので、ゲームに慣れた世代なら操作は簡単。筆者でも階段の登り降りは問題なくできたものの、踊り場での旋回はかなり難しく、結構雑に通過したので、実機ならダメージを負っていた可能性がある。さらに、階段を登り切ったところでも、勢いよくそのまま飛び出して、ボディを打ち付けているので、点数付けを行うとしたら、そこもマイナス評価だろう。操縦担当としていつお呼びがかかってもこれで安心と思ったが、ゆっくりと慎重に慌てずに進めないとダメなので、操縦士としては失格かも知れない。

ちなみにユーザーインタフェースはゲーム用コントローラを用いるのなら、ゲームメーカーの協力を得てブラッシュアップしていくのもありではないだろうかとも思える。原発問題は日本の総力戦で挑むべきで、何もエンターテイメント分野だからといって無視してしまうのではなく、ゲームメーカーの技術力を使うべきだと思うのだが、いかがなものだろう。

また、今後はさらに操作を簡単にして、タッチパネルを利用して行きたい地点をタッチするだけで自動的にそこまで移動してくれる機能とか、そういう機能もあると、操縦者の疲労を軽減できるはずである。災害対応ロボット操縦訓練シミュレータは、現在も緊急事態支援センターでトライアル中ということなので、どんどん進化していくことだろう。原発対応版 櫻壱號、そして櫻シリーズ共々今後のパワーアップを期待したい。